意味
「仏作って魂入れず」は、物事の外見や形式だけが整っていて、肝心の実質や精神が伴っていないという意味です。
立派な仏像を彫っても、最後に魂を入れる儀式を行わなければただの木や石に過ぎないという状態にたとえています。
語源・由来
仏像を制作する際の仏教儀式である「開眼供養(かいげんくよう)」が由来です。
仏像は木や石で形を彫り上げただけでは単なる物質であり、最後に僧侶が眼(め)を描き入れて魂を迎える儀式(開眼)を行うことで、初めて信仰の対象である仏様となります。
この最も重要な仕上げを怠ることにたとえられました。
使い方・例文
「仏作って魂入れず」は、形だけ整えて中身が伴っていない場面で使われます。
- 制度だけを導入して運用する気がないのは、まさに仏作って魂入れずだ。
- 立派な社屋を建てても社員の士気が低ければ、仏作って魂入れずである。
- 形式だけの謝罪文を読み上げる行為は、仏作って魂入れずと言わざるを得ない。
類義語・関連語
「仏作って魂入れず」と似た意味を持つ言葉には以下のようなものがあります。
- 画竜点睛を欠く(がりょうてんせいをかく):
見事な竜の絵を描きながら最後の瞳を描き入れなかったという故事から、物事の最も重要な最後の仕上げが抜けている状態。 - 仏造って眼を入れず(ほとけつくってまなこをいれず):
仏像を造って最後に目を描き入れないことから、物事の肝心な部分が抜け落ちていること。
英語表現
Form without substance
直訳:実質のない形式
意味:計画や組織などの外形だけが整い、肝心の中身が伴っていない状態
The new company policy is just form without substance.
(会社の新しい方針は、形式だけで実質が伴っていません。)
Body without a soul
直訳:魂のない肉体
意味:形はあるが、そこに宿るべき生気や精神が欠けている状態
A team without passion is a body without a soul.
(情熱のないチームは、魂の抜けた抜け殻のようなものです。)
開眼供養という儀式
仏像は、彫り上げた時点ではまだ礼拝の対象になりません。
僧が眼を描き入れる開眼供養を経て、はじめて仏として扱われます。
奈良・東大寺の大仏では、752年に開眼供養が行われました。
像そのものはそれ以前に鋳造を終えており、儀式はあとから別に営まれています。
「仏作って魂入れず」は、この最後の一手を欠いた状態を指す言い方です。









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