鹿を逐う者は山を見ず

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ことわざ 故事成語
鹿を逐う者は山を見ず
(しかをおうものはやまをみず)

13文字の言葉し・じ」から始まる言葉
鹿を逐う者は山を見ず 【個別】ことわざ・慣用句・四字熟語

目標を達成しようと必死になるあまり、大切な家族との時間を忘れたり、自分の健康を疎かにしてしまったりすることがあります。そんな風に一つのことに心を奪われて周りが見えなくなる状況を、「鹿を逐う者は山を見ず」(しかをおうものはやまをみず)と言います。

意味・教訓

「鹿を逐う者は山を見ず」とは、目先の利益や特定の目標に夢中になり、周囲の状況や起こりうる危険を顧みなくなることのたとえです。

目の前の鹿(利益)を捕らえることだけに集中するあまり、自分が険しい山の中にいることや、その雄大な姿に気づかない狩人の様子から生まれた教訓です。
単に「視野が狭い」というだけでなく、欲に目がくらんで道理や善悪の判断がつかなくなるという戒めの意味も含まれています。

  • 逐う(おう):追いかける、追い詰める。
  • 山を見ず:山全体の地形や、自分が置かれている環境を把握していないこと。

語源・由来

「鹿を逐う者は山を見ず」の出典は、古代中国の思想書『淮南子』(えなんじ)の「説林訓」です。

この書物の中で、「鹿を逐う者は山を見ず、金を攫(つか)む者は人を見ず」という対句で登場します。鹿を追う狩人は山を見ることができず、店先の金を奪う者は周りにいる人々が目に入らなくなる、という意味です。

どちらも「一つの欲望に囚われると、当然見えるはずのものが遮断されてしまう」という人間の心理的な弱さを鋭く突いています。
なお、この言葉は江戸時代の「いろはかるた」には含まれていませんが、古典の教訓として古くから日本でも親しまれてきました。

使い方・例文

「鹿を逐う者は山を見ず」は、熱中しすぎてバランスを崩している人への忠告や、後から自分の行動を反省する場面で使われます。

ビジネスの文脈だけでなく、勉強、家計管理、趣味、対人関係など、日常のあらゆるシーンに当てはまります。

例文

  • 節約に夢中で家族の笑顔が消えては、「鹿を逐う者は山を見ず」と言わざるを得ない。
  • 彼は目先の売上を追うあまり、長期的な顧客の信頼を損ねており、まさに「鹿を逐う者は山を見ず」の状態だ。
  • 趣味の道具集めに給料を使い果たして生活が苦しくなるのは、「鹿を逐う者は山を見ず」の典型である。

文学作品での使用例

中島敦の短編小説で、弓の名手を目指す男の生涯を描いた作品にこの言葉が登場します。

『名人伝』(中島敦)

弓の修行に明け暮れる紀昌の様子や、それを取り巻く状況を語る文脈で、欲望と視野の狭さを示す言葉として象徴的に引用されています。

鹿を逐う者は山を見ず、とか、金を攫む者は人を見ず、とか申しまして、つまり、欲に迷うと、ほかのことは何も目に入らなくなるという譬えでございます」

類義語・関連語

「鹿を逐う者は山を見ず」と似た意味を持つ言葉には、視点の偏りを指摘するものが多くあります。

  • 木を見て森を見ず(きをみてもりをみず):
    細かい部分にこだわりすぎて、全体を見失うこと。
  • 一葉落ちて泰山を覆う(いちようおちてたいざんをおおう):
    目の前の一枚の葉に遮られて、大きな山(泰山)が見えないこと。些細なことに目がくらんで真理を誤るたとえ。
  • 金を攫む者は人を見ず(きんをつかむものはひとをみず):
    利益に目がくらむと、周囲の人間や世間の目が全く目に入らなくなること。

英語表現

「鹿を逐う者は山を見ず」を英語で表現する場合、以下の表現がよく使われます。

Can’t see the forest for the trees.

「木を見て森を見ず」
細部にこだわりすぎて、全体像や本質を見失っている状況を指す、最も一般的で有名なイディオムです。

  • 例文:
    Don’t get too caught up in the minor details, or you can’t see the forest for the trees.
    (細かい部分に囚われすぎてはいけない。全体が見えなくなるぞ。)

He that hunts for the stag looks not at the mountain.

「牡鹿を狩る者は山を見ない」
日本語のことわざとほぼ同じ構造を持つ表現です。目標への執着がもたらす盲目さを表します。

  • 例文:
    He was so focused on winning that he ignored his health; he that hunts for the stag looks not at the mountain.
    (彼は勝利に執着して健康を無視した。まさに鹿を逐う者は山を見ずだ。)

熱中と盲目の境界線

「鹿を逐う者は山を見ず」は、決して「努力や集中が悪い」と言っているわけではありません。

この言葉の核心は、その熱中が「純粋な追求」なのか、それとも「執着や欲望」なのかという点にあります。
古代の狩猟において、鹿一頭を仕留めることは生活を支える大きな利益でした。しかし、その利益に目がくらんで崖から落ちたり、道に迷ったりしては元も子もありません。

現代においても、スマホの画面に集中しすぎて周囲の危険に気づかない「歩きスマホ」や、SNSのフォロワー数や再生数に固執してリアルの人間関係を壊してしまう現象は、まさに現代版の「鹿を逐う者は山を見ず」と言えるでしょう。

まとめ

「鹿を逐う者は山を見ず」は、私たちが何かに全力で取り組んでいる時こそ、ふと立ち止まって周囲を見渡す勇気が必要であることを教えてくれます。

一つの目標を追いかけるエネルギーを保ちながらも、自分を客観的に見つめる「もう一人の自分の目」を持つこと。それが、険しい人生という山を安全に歩み、真の成果を得るための秘訣になることでしょう。

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