人生の門出や旅立ちに際して贈る言葉や金品を、現代では「餞(はなむけ)」と言います。
この美しい言葉のルーツであり、かつて実際に行われていた旅の儀式そのものを指す言葉が、
「馬のはなむけ」(うまのはなむけ)です。
なぜ別れの挨拶に「馬」が登場するのか、その優しく趣のある由来を紐解いてみましょう。
意味
「馬のはなむけ」とは、旅立つ人の道中の無事を祈り、送別の宴を催したり、金品や詩歌を贈ったりすることです。
現在一般的に使われている「餞(はなむけ)」という言葉の語源となった言葉であり、古くは「馬の鼻向け」とも表記されました。
- 本来の意味:旅人が乗る馬の鼻を行き先へ向けてやること。
- 転じた意味:旅立ちの無事を祈る儀式、送別会、餞別(せんべつ)。
語源・由来
「馬のはなむけ」の由来は、自動車や電車がなく、馬が主要な移動手段だった時代の習慣にあります。
かつて、知人が遠方へ旅立つ際、見送る人はその旅の安全を祈り、旅人が乗る馬の鼻先(手綱)を取って、これから向かう目的地の方角へ向けてやったといいます。
この親切な作法が、やがて「旅の安全を祈る儀式」そのものを指すようになり、さらにそこで振る舞われる酒宴や贈り物のことも含めて「馬のはなむけ」と呼ぶようになりました。
時代の変化とともに「馬」という言葉が取れ、「はなむけ(餞)」として現代に残っています。
使い方・例文
現代の日常会話で「馬のはなむけ」という言葉を使う機会は減りましたが、結婚式や送別会のスピーチなどで、言葉の由来としての「はなむけ」を説明する際や、少し古風で雅な表現を使いたい場合に用いられます。
例文
- 旅立つ友のために、昔の習わしに倣って「馬のはなむけ」の宴を催した。
- ささやかですが、私からの「馬のはなむけ」としてこの本を贈ります。
- 「馬のはなむけ」の故事にあるように、あなたの進む道が平穏であることを祈っています。
文学作品での使用例
平安時代の文学『土佐日記』(紀貫之)には、この言葉が本来の「馬」の意味を離れて定着していたことを示す有名な一節があります。
藤原のときざね、船路なれど、馬のはなむけす。
解説:
作者らが土佐(高知)から京へ帰る際、移動手段は「船」でした。
しかし、送別に来た藤原説真(ときざね)という人物は、「船旅だけれど、あえて『馬のはなむけ』(送別の宴)をします」と言って宴会を開いてくれたのです。
平安時代にはすでに、馬を使わない旅であっても、送別そのものを指す言葉として定着していたことがわかります。
類義語・関連語
「馬のはなむけ」に関連する言葉には、以下のようなものがあります。
- 餞(はなむけ):
「馬のはなむけ」が短縮され、現代で広く使われている形。「言葉の餞」などとして使われます。 - 贐(はなむけ):
「餞」の異表記。「財産(貝)を尽くして送り出す」という意味の漢字を当てたものです。 - 餞別(せんべつ):
別れる人に贈る金品のこと。現代では最も一般的な表現ですが、「金銭・物品」のニュアンスが強く、言葉や詩歌にはあまり使いません。 - 辻占(つじうら):
昔、辻(交差点)に立って、通りがかりの人の言葉を聞いて吉凶を占ったこと。旅立ちの際に行われた儀式の一つとして関連があります。
英語表現
「馬のはなむけ」の直訳(nose of a horse…)は英語では通じないため、意訳として「別れの贈り物」を表す言葉を使います。
farewell gift
- 意味:「別れの贈り物、餞別」
- 例文:
I gave him a farewell gift.
(彼に馬のはなむけ(餞別)を贈った。)
godspeed
- 意味:「旅の無事、成功(を祈る)」
- 解説:”God speed you”(神があなたを祝福し、成功させますように)が短縮された古い表現。
「道中の無事を祈る」という「馬のはなむけ」の精神に近い言葉です。
まとめ
「馬のはなむけ」は、旅人の無事を祈って馬の進路を整えてあげたという、古人の優しさがそのまま言葉になったものです。
たとえ移動手段が馬から車や飛行機に変わっても、あるいはオンラインでの別れであっても、相手の新しい道のりが平穏であることを祈る心は変わりません。
誰かを送り出すときは、この言葉の由来を思い出し、心からの「はなむけ」を贈りたいものです。







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