意味
「愛多ければ憎しみ至る(あいおおければにくしみいたる)」とは、特定の人を過度に寵愛すると、かえって強い憎しみや災いを招いてしまうことです。
愛するあまり周囲の嫉妬を買って当人が孤立してしまったり、期待が裏切られた反動で愛情が深い憎悪へと変わってしまったりと、行き過ぎた感情やえこひいきが人間関係において逆効果を生むことを戒める際に使われます。
- 愛(あい):かわいがること。
- 多ければ(おおければ):程度が過ぎると。
- 憎しみ(にくしみ):相手を嫌う強い感情。
- 至る(いたる):行き着く。結果を招く。
語源・由来
老子の弟子の庚桑楚の作とされ、唐の王士元が補ってまとめた道家の書物『亢倉子』の用道篇に、以下の記述がみられます。
恩甚則怨生,愛多則憎至。
(恩が過ぎれば恨みが生まれ、愛情が過ぎれば憎しみがやって来る。)
この一節は、「敬甚則不親,親甚則不敬(敬いすぎれば親しめず、親しみすぎれば敬えない)」などと並べて、程度が過ぎると反対の結果を招く例を挙げた箇所にあります。
愛情そのものではなく、度を越した愛情がかえって憎しみを招くことを伝えています。
使い方・例文
「愛多ければ憎しみ至る」は、指導者や親による不公平なえこひいきを批判する場面や、深すぎる情愛が関係を破綻させた状況を客観的に評価する場面で使われます。
- 顧問の過度なえこひいきは、愛多ければ憎しみ至るになりかねない。
- 子供への過干渉な態度を見ると、まさに愛多ければ憎しみ至るだ。
- 恋人への強すぎる束縛に、愛多ければ憎しみ至るを実感する。
類義語・関連語
「愛多ければ憎しみ至る」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 贔屓の引き倒し(ひいきのひきたおし):
特定の人を特別扱いしすぎた結果、かえってその人を不利な状況に追い込むこと。 - 可愛さ余って憎さ百倍(かわいさあまってにくさひゃくばい):
愛情が深かった分、裏切られたと感じた際の憎悪が何倍も激しくなる様子。 - 愛は憎の始め(あいはにくしみのはじめ):
愛着や情愛を持つことが、のちに憎しみを生み出す根本原因になるということ。
「愛多ければ憎しみ至る」と「可愛さ余って憎さ百倍」の違い
| 言葉 | 意味の焦点 | 原因となる対象 |
|---|---|---|
| 愛多ければ憎しみ至る | 周囲の反感や当人への憎悪という結果 | 不公平なえこひいきや過度な愛情 |
| 可愛さ余って憎さ百倍 | 愛情が激しい憎しみに反転する心理的変化 | 相手からの裏切りや期待外れの行動 |
英語表現
The greatest hate springs from the greatest love
意味:最大の愛から生まれる最大の憎しみ
They are fighting now. The greatest hate springs from the greatest love.
(彼らは今争っている。愛多ければ憎しみ至るという状態です。)
原典では愛多ければ憎しみ至るの後に妬みの話が続く
『亢倉子』用道篇では、「愛多ければ則ち憎しみ至る」の少し後に、人が互いに親しんだり妬んだりする組み合わせを並べた、次の一節があります。
同道者相愛,同藝者相嫉;同與者相愛,同取者相嫉;同病者相愛,同壯者相嫉,人情自然也。
(同じ道を行く者は親しみ合い、同じ技芸の者は妬み合う。ともに与える者は親しみ合い、ともに取る者は妬み合う。同じ病の者は親しみ合い、ともに盛りの者は妬み合う。これは人の情として自然なことである。)
同じものを求め合う者どうしほど妬みが生まれるという見方で、特定の人への寵愛が周りの妬みを招くという、この言葉の使われ方と重なります。









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