意味
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い(ぼうずにくけりゃけさまでにくい)」とは、誰かを憎いと思う気持ちが高じて、その人にまつわるものまで一切合切嫌になってしまうという意味です。
僧侶への嫌悪感がその衣服にまで及ぶという構造から、一度嫌いになると理性を超えて全否定したくなる強い拒絶の感情を示す場面で使われます。
- 坊主(ぼうず):僧侶のこと。転じて憎しみの対象となる人物。
- 袈裟(けさ):僧侶が肩からかける布製の法衣。
語源・由来
「袈裟」は、僧侶が左肩から斜め右下に掛ける法衣で、法事に欠かせないものです。
このことわざは、僧侶とその袈裟をたとえにして、憎い相手本人だけでなく、その人を思わせる持ち物にまで嫌悪が及ぶ心理を表しています。
「坊主」と呼び捨てにし、「憎い」と言い切る強い言い方で、嫌悪が広がっていく様子を誇張して示しています。
愛する人のことなら欠点まで好ましく見える「痘痕もえくぼ」とは、ちょうど裏返しの心理です。
江戸前期の俳諧の作法書『毛吹草』には、ことわざを集めた巻二の「世話」の部に、「坊主がにくければ袈裟までにくし」の形で収められています。
使い方・例文
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」は、感情が理性を超えて相手の全存在を否定したくなるような場面で使われます。
- 離婚した夫の愛車を見るだけで腹が立つとは、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いという心境だ。
- 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いと言うが、作者の不祥事と作品の評価は切り離すべきである。
類義語・関連語
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と同様に、憎しみや愛憎の激しい感情の波及を表す言葉には以下のようなものがあります。
- 親が憎けりゃ子も憎い(おやがにくけりゃこもにくい):
親への憎しみが、罪のない子供にまで向かってしまうこと。 - 可愛さ余って憎さ百倍(かわいさあまってにくさひゃくばい):
愛情が深いほど、裏切られた時の憎悪も激しくなること。
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と「親が憎けりゃ子も憎い」の違い
どちらも憎しみが別の人や物へ波及する様を表しますが、憎しみが向かう対象の範囲に決定的な違いがあります。
| 語句 | 憎しみが向かう対象 | 言葉のニュアンス |
|---|---|---|
| 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い | 持ち物や周囲の環境など全般 | 理不尽な感情の広がり |
| 親が憎けりゃ子も憎い | 憎い相手の子供や血縁者 | 罪のない子にまで憎しみが及ぶ |
対義語
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」とは対照的に、愛情が周囲にまで及ぶ状態を表す言葉には以下のようなものがあります。













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