忙しい日々に追われ、心に余裕がなくなってしまうことは誰にでもあるものです。
ちょっとしたトラブルに慌てたり、成功しては浮かれ、失敗しては深く落ち込んだり。
そんな心の波を穏やかに整え、どんな状況でも自分らしくあり続けるための六つの指針が、
「六然」(りくぜん)という言葉です。
意味・教訓
「六然」とは、中国・明時代の学者が提唱した、自己を律し、他者や物事と接する際のマナーや心の持ち方を六つにまとめたものです。
「然」という字には「〜のようである」という意味があり、状況に応じた理想的な「心の状態」を示しています。
一つひとつが独立した教訓でありながら、全体として「動じない心」と「柔軟な人間関係」を築くための極意を説いています。
六然の内容
- 自処超然(じしょちょうぜん):
自分自身については、世俗的な名誉や利害にこだわらず、ゆったりと構えること。 - 処人藹然(しょじんあいぜん):
人と接するときは、相手が温かい気持ちになれるよう、和やかで穏やかに振る舞うこと。 - 有事斬然(ゆうじざんぜん):
事が起きたときには、ぐずぐずせずに、きっぱりと迷いなく対処すること。 - 無事澄然(ぶじちょうぜん):
何事もない平穏なときには、水が澄んでいるように、一点の曇りもなく落ち着いていること。 - 得意淡然(とくいたんぜん):
物事がうまくいっているときこそ、慢心せず、あっさりと淡々としていること。 - 失意泰然(しついたいぜん):
失敗したり、思い通りにいかなかったりするときでも、慌てずどっしりと構えていること。
語源・由来
「六然」の由来は、中国の明時代(14世紀〜17世紀)の学者である崔銑(さいかん)が、自身の座右の銘として記した「六然訓」にあります。
この言葉を日本で広く普及させたのは、江戸時代後期の儒学者・佐藤一斎(さとういっさい)です。
彼はその著書『言志四録(げんししろく)』の中で、この六つの教えを紹介しました。幕末の志士たちをはじめ、多くのリーダーがこの一斎の言葉を通じて「六然」を学び、自らの精神を鍛える糧としました。
特に勝海舟(かつかいしゅう)は、この「六然」を生涯の指針として深く信奉していたと言われています。
激動の幕末、江戸無血開城などの大きな決断を迫られる中で、彼が冷静さを失わずにいられたのは、心の中にこの六つの「然」があったからかもしれません。
使い方・例文
「六然」は、感情をコントロールし、成熟した大人としての振る舞いを目指す際の指針として使われます。
ビジネスの場でのリーダー論として語られることが多いですが、家庭内での態度や、自分自身のメンタルケアにおいても非常に有効な教えです。
例文
- 成功に浮かれる同僚を見て、「得意淡然」という「六然」の教えを自分に言い聞かせた。
- トラブルが起きたが、「有事斬然」の精神で、迷わず迅速に対応することができた。
- 「六然」にある「処人藹然」を意識して、朝の挨拶はいつも以上に明るい笑顔を心がける。
- 失敗して落ち込む後輩に、「失意泰然という言葉もある。あまり自分を追い詰めすぎないように」と声をかけた。
類義語・関連語
「六然」と共通する、心の平安や冷静な判断力を説く言葉です。
- 泰然自若(たいぜんじじゃく):
変事に直面しても、落ち着き払って、少しも動じない様子。 - 平常心(へいじょうしん):
揺れ動くことのない、普段通りの安定した心。 - 明鏡止水(めいきょうしすい):
邪念がなく、静かに澄み切った心境。
対義語
「六然」とは対照的な、感情に振り回されて落ち着きのない様子を指す言葉です。
- 一喜一憂(いっきいちゆう):
状況が変わるたびに、喜んだり不安になったりすること。 - 右往左往(うおうさおう):
混乱してあちらへ行ったりこちらへ来たり、うろたえる様子。 - 付和雷同(ふわらいどう):
自分自身のしっかりとした考えがなく、他人の言動にすぐ同調すること。
英語表現
「六然」を英語で表現する場合、心の落ち着きや状況への適応力を示す言葉が使われます。
Six Attitudes for Serenity
- 意味:「心の平穏のための六つの態度」
- 解説:六然を「Serenity(静穏・平穏)」を保つための指針として説明する表現です。
- 例文:
Practice the six attitudes for serenity to keep your mind balanced.
(心を整えるために、六然を実践しなさい。)
Keep one’s composure
- 意味:「平静を保つ」
- 解説:六然の核心である「どんな時も落ち着いている」ことを表す慣用句です。
- 例文:
It is important to keep your composure even in difficult times.
(困難な時であっても、平静を保つことが重要である。)
「得意」と「失意」のバランス
ちなみに、この六つの教えの中で現代人が最も意識したいのが、「得意淡然」と「失意泰然」のセットです。
私たちは良いことがあると、つい「自分の実力だ」と誇りたくなり、悪いことがあると「運が悪い」と悲観しがちです。
しかし「六然」は、そのどちらの時も、極端に感情を振れさせないことを説いています。
勝って奢らず、負けて腐らず。
この絶妙なバランスを保つことが、結果として周囲からの信頼を集め、自分自身も楽に生きられるコツになるのです。
まとめ
自、処、有、無、得、失。
「六然」という言葉は、私たちの感情が激しく揺れ動きそうなとき、そっと重心を真ん中に戻してくれる重石(おもし)のような役割を果たしてくれます。
和やかに人と接し、平時は澄み、有事には断つ。
その六つの「然」を心のお守りとして持っておくことで、私たちはどんな状況であっても、自分を見失わずに歩んでいくことができるはずです。
まずは自分に欠けていると感じる「然」を一つ選んで、今日一日意識してみる。そんな小さな心がけから、あなたの「動じない心」は育まれていくことでしょう。



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