意味
「袖手傍観(しゅうしゅぼうかん)」とは、手出しをせずに、ただそばで見ていることです。
自分の力を貸すべき場面や、行動を起こすべき状況であるにもかかわらず、何もしないで成り行きを見守る態度を指します。
多くの場合、その消極的な姿勢を批判したり、自らの無力さを嘆いたりする文脈で使われます。
- 袖手(しゅうしゅ):手を袖(そで)の中に入れること。転じて、何もしないこと。
- 傍観(ぼうかん):手を出さずに、そばで見ていること。
語源・由来
「袖手傍観」の由来は、中国・唐の時代の文人韓愈が、友人の柳宗元(字は子厚)を弔った祭文『祭柳子厚文』にある、次の一節とされています。
不善為斫,血指汗顏。巧匠旁觀,縮手袖間。
(腕の悪い者が木を削ると、指を血だらけにし、顔に汗をかく。腕のよい職人はそばで見ていて、手を袖の中に縮めている。)
祭文はこの後、文才のある柳宗元が世に用いられず、代わりに韓愈たちが皇帝の詔勅を起草する役に就いたと続きます。
腕のよい職人は柳宗元、腕の悪い者は韓愈たち自身で、力がありながら仕事を任されなかった友を悼んだ一節です。
祭文の職人は手を出す場を与えられなかった側ですが、現在の「袖手傍観」は、手を出すべき場面で何もせず成り行きを眺める態度を指して使われます。
使い方・例文
「袖手傍観」は、主に他者の消極的な態度を非難する場合や、自分たちが何もできなかったことを反省する場合に使われます。
ビジネスシーンでは問題解決に動かない姿勢への指摘として、日常生活やニュースでは、いじめや不正を見て見ぬふりをする社会風潮への批判として登場します。
例文
- 同僚がトラブルに巻き込まれているのに、周囲が袖手傍観を決め込むのは許されない。
- 環境破壊が進む現状を、我々はこれ以上袖手傍観しているわけにはいかない。
- いじめの現場において、袖手傍観する者もまた加害者の一人と言える。
- 彼は事態の推移を袖手傍観していたが、決して無関心だったわけではないようだ。
類義語・関連語
「袖手傍観」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 拱手傍観(きょうしゅぼうかん):
手をこまねいて(胸の前で組んで)、何もせずにそばで見ていること。
「袖手傍観」とほぼ同じ意味で使われます。 - 高みの見物(たかみのけんぶつ):
自分は安全な場所にいて、関わり合いを持たずに事件の成り行きを見物すること。 - 対岸の火事(たいがんのかじ):
向こう岸の火事のように、自分には災難が及ばないため、全くの無関係だと思って眺めていること。 - 座視(ざし):
黙って座って見ていること。本来は助けるべきなのに関与しない、という意味合いを含みます。
対義語
「袖手傍観」とは対照的な意味を持つ言葉は以下の通りです。
- 粉骨砕身(ふんこつさいしん):
骨を粉にし身を砕くほどに、力の限り努力すること。 - 獅子奮迅(ししふんじん):
獅子が奮い立つように、激しい勢いで活動すること。 - 東奔西走(とうほんせいそう):
あちこち忙しく駆け回ること。目的のために積極的に動き回る様子。
英語表現
「袖手傍観」を英語で表現する場合、以下のフレーズが適しています。
look on
加わらずに、ただ見ているという意味の表現。
He just looked on while I was working hard.
(私が一生懸命働いている間、彼はただ袖手傍観していた。)
stand by
良くないことが起きているのに、止めようとせずに見過ごすという意味の表現。
We cannot stand by while the problem gets worse.
(問題が悪化していくのを袖手傍観しているわけにはいかない。)
袖手傍観の「袖手」は袖に両手を入れる姿勢
中国の昔の服は袖が長く大きく作られていました。
「袖手(しゅうしゅ)」とは、その長い袖の中に両手を入れて組む姿勢のことです。
その姿勢のままでは作業や手助けができません。
そこから「行動しない=冷淡、無策」という象徴になりました。
ちなみに、類義語の「拱手(きょうしゅ)」は両手を胸の前で組む敬礼の動作ですが、これも手を使えない状態であるため、「手をこまねく(こまぬく)」と訓読され、「何もせずに傍観する」という意味で使われます。









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