散らかった部屋の荷物をとりあえずクローゼットに押し込み、見かけだけを整えて安心してしまう。
あるいは、壊れかけた道具をガムテープで補強し、根本的な修理を先送りにする。
こうした、先のことを考えずにその場だけを取り繕う態度を、
「苟且」(こうしょ)と言います。
意味・教訓
「苟且」とは、その場しのぎの間に合わせ、または物事をいい加減に済ませる様子を指します。
単に「一時的である」という意味のほかに、「かりそめであり、不誠実である」という批判的なニュアンスを含んで使われます。
- 苟(こう):なおざり。いい加減。かりそめ。
- 且(しょ):しばらく。とりあえず。
将来の禍根を考えず、今この瞬間だけの安楽や体裁を優先してしまう心の脆さを戒める言葉でもあります。
語源・由来
「苟且」の由来は、古代中国の経典である『礼記』などの漢籍に遡ります。
古くから「苟」は「なおざりにする(軽んじる)」、「且」は「当面の間」という意味で使われており、この二字が合わさることで「深く考えず、とりあえず済ませる」という概念が成立しました。
日本においては、中世以降の公家日記や軍記物語、さらには近世・近代の文学作品に至るまで、一時的な仮の状態や、いい加減な処置を指す言葉として広く用いられてきました。
特定の歴史的な事件から生まれた言葉ではなく、漢字が持つ「刹那的・なおざり」という性質が結びついた語彙です。
現在では四字熟語の「苟且偸安(こうしゃとうあん)」という形で、目の前の安楽にふけることを戒める文脈でよく知られています。
使い方・例文
「苟且」は、間に合わせの処置や、永続性のない人間関係、あるいは誠実さを欠いた学習態度などを表現する際に用いられます。
例文
- 蛇口の漏水を布で縛るような「苟且」な修理では、根本的な解決にならない。
- テスト前の「苟且」な暗記は、試験が終わればすぐに忘れてしまうものだ。
- 彼は「苟且」の安眠を貪るばかりで、将来への備えを全くしようとしない。
- 誤解を解かずに「苟且」な妥協を重ねた結果、二人の仲は決定的に冷え込んだ。
文学作品・メディアでの使用例
『三四郎』(夏目漱石)
主人公の三四郎が、都会の複雑な人間関係や恋愛の機微に翻弄される中で、自分の感情や周囲との関係性を捉える際にこの言葉が登場します。
三四郎はこれを聞いて、少し不快であった。自分の恋を苟且(こうしょ)なものにされたようでもあり……
誤用・注意点
「苟且」と意味が重なる言葉に「姑息(こそく)」がありますが、使い分けには注意が必要です。
現代では「姑息」を「卑怯」という意味で使う人が増えていますが、本来の意味は「苟且」と同じ「一時しのぎ」です。
ただし、「苟且」が「いい加減、なおざり」という性質を強調するのに対し、「姑息」は「根本を避けて逃げる」というニュアンスが強くなります。
いずれも批判的な意味を持つため、目上の人の判断や仕事に対して使うと非常に失礼な印象を与えるため、使用は避けるべきです。
類義語・関連語
「苟且」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 姑息(こそく):
根本的な解決をせず、その場しのぎの手段で済ませること。 - 苟且偸安(こうしゃとうあん):
目の前の安楽にふけって、将来の災いを考えないこと。 - 当座しのぎ(とうざしのぎ):
その場を何とか取り繕って、一時的に間に合わせること。 - 一時放免(いっときほうめん):
とりあえずその場だけ、責任や追及を逃れること。
対義語
「苟且」とは対照的な意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 終始一貫(しゅうしいっかん):
最初から最後まで、態度や方針が変わらず突き通されていること。 - 抜本的(ばっぽんてき):
物事の根本に立ち返り、原因を徹底的に取り除くこと。 - 恒久(こうきゅう):
一時的ではなく、いつまでも変わらずに長く続くこと。
英語表現
「苟且」を英語で表現する場合、以下の表現が適切です。
makeshift
「間に合わせの」「一時しのぎの」
「とりあえずある物で作った」というニュアンスを含む、最も一般的な表現です。
- 例文:
They lived in a makeshift shelter after the storm.
(彼らは嵐の後、「苟且」のシェルターで過ごした。)
stopgap
「穴埋めの」「一時的な」
一時的に生じた隙間や問題を埋めるための、暫定的な処置を指します。
- 例文:
The measure was only a stopgap to prevent further loss.
(その措置は、さらなる損失を防ぐための「苟且」なものに過ぎなかった。)
まとめ
私たちは日々の忙しさの中で、つい「苟且」な対応でその場を乗り切ろうとしてしまいます。
しかし、一時しのぎの解決策は、多くの場合、将来により大きな課題を突きつけてくるものです。
「とりあえず」という誘惑に負けず、物事の根本を見つめる勇気を持つこと。
この言葉は、そんな誠実な生き方の重要性を静かに教えてくれます。
目の前の出来事に丁寧に向き合うことは、巡り巡って自分自身の未来を確かなものにしてくれることでしょう。





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