苟且偸安

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四字熟語 故事成語
苟且偸安
(こうしゃとうあん)

8文字の言葉こ・ご」から始まる言葉

提出期限が迫っている課題があるのに、つい現実から目を背けてスマホの画面を眺め続けてしまう。
根本的な解決を後回しにして、今この瞬間だけが楽であればいいと、かりそめの平穏に浸ってしまう心理。
そうした、目先の安楽をむさぼって将来の災いを顧みない態度を、
「苟且偸安」(こうしゃとうあん)と言います。

意味・教訓

「苟且偸安」とは、目の前の安楽にふけって、将来の災難を考えないことを意味する四字熟語です。
ただ休んでいるのではなく、なすべきことを怠り、その場しのぎの平穏を得ようとする不誠実な姿勢を批判的に表現します。

  • 苟且(こうしょ):その場しのぎ。いい加減。
  • 偸安(とうあん):一時の安楽をぬすむ。

将来に大きなツケが回ってくると分かっていながら、今の苦労から逃げ出す心の弱さを戒める教訓が含まれています。

語源・由来

「苟且偸安」の由来は、中国の歴史書である『旧唐書』褚遂良伝に見られる記述に基づいています。

「苟且」は古くから「なおざり」や「間に合わせ」を意味し、「偸安」は安らぎを「偸(ぬす)む」、つまり正当ではない方法で一時的な安心を得ることを意味しました。
これらが組み合わさり、国家の危機や重大な課題を前にしながら、抜本的な対策を講じずに目先の平穏を貪る政治的な怠慢を指す言葉として定着しました。

日本においても、明治時代の知識人たちが、現状に満足して向上心を欠く社会の風潮を批判する際などに好んで用いた表現です。
特定の物語から生まれた言葉ではなく、漢字が持つ「刹那的な逃避」という意味が結びついて成立した語彙です。

使い方・例文

「苟且偸安」は、自分自身の甘えを律する場面や、将来を見据えない無責任な対応を指摘する際に用いられます。

例文

  • 借金を重ねて遊興にふけるのは、まさに「苟且偸安」の極みだ。
  • 苟且偸安」に流されず、今こそ抜本的な組織改革に着手すべきである。
  • 受験前にこたつで丸まってテレビばかり見る「苟且偸安」な日々を過ごした。
  • 苟且偸安」の報いとして、数年後に大きな苦境に直面することになった。

誤用・注意点

「苟且偸安」は「正当な休息」とは明確に区別されます。
心身の回復を目的とした休みではなく、「やるべきことから逃げている」という否定的な文脈で使われる言葉です。

また、「姑息(こそく)」と意味が似ていますが、「姑息」が一時しのぎの「手段」を指すのに対し、「苟且偸安」はその手段によって得られる「一時の楽(らく)」という心理状態に焦点が当たっています。

強い批判のニュアンスを含むため、他人の正当な休暇やリフレッシュを指して使うのは不適切であり、失礼にあたります。

類義語・関連語

「苟且偸安」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。

  • 因循姑息(いんじゅんこそく):
    古い習慣に頼って改めようとせず、その場しのぎで物事を済ませること。
  • 偸安(とうあん):
    目先の安楽にふけること。
  • 当座しのぎ(とうざしのぎ):
    根本的な解決をせず、その場だけを何とか取り繕うこと。
  • 刹那的(せつなてき):
    後先を考えず、今この瞬間だけを充実させようとする様子。

対義語

「苟且偸安」とは対照的な意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。

  • 抜本塞源(ばっぽんそくげん):
    災いの原因を根本から取り除き、再び起こらないようにすること。
  • 勇往邁進(ゆうおうまいしん):
    困難を恐れず、目標に向かって勇ましく突き進むこと。
  • 不撓不屈(ふとうふくつ):
    どんな困難にあっても、決して心がくじけないこと。

英語表現

「苟且偸安」を英語で表現する場合、以下の定型表現がニュアンスをよく伝えます。

taking the line of least resistance

「最も抵抗の少ない道を選ぶ」

努力や苦労を避け、最も楽な方法や安易な解決策に逃げる態度を指します。

  • 例文:
    He is just taking the line of least resistance instead of facing the problem.
    (彼は問題に向き合わず、ただ「苟且偸安」に流されている。)

living in a fool’s paradise

「愚者の楽園に住む」

将来の危険に気づかず、あるいは目を背けて、根拠のない幸福感に浸っている状態を指します。

  • 例文:
    Ignoring the crisis is like living in a fool’s paradise.
    (危機を無視するのは、「苟且偸安」の安らぎに浸っているようなものだ。)

まとめ

私たちは、大きな壁にぶつかったとき、つい視線を逸らして「苟且偸安」の安らぎに逃げ込みたくなります。
今さえ良ければいいという選択は、その瞬間は心地よいものですが、時間の経過とともに状況を悪化させてしまうことが少なくありません。

この言葉は、一時の安楽を犠牲にしてでも、誠実に現実と向き合うことの重要性を説いています。
将来の自分に恥じない選択を重ねることで、かりそめではない本当の心の平穏を手にすることができると言えるかもしれません。

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