意味
「夢にまで見る(ゆめにまでみる)」とは、強く望んだり憧れたりするあまり、眠っているときに見る夢の中にまで現れることです。
起きている時の願望が、無意識の眠りの中にまで及ぶほど切実であるという、強い願望の大きさを表します。
語源・由来
「夢にまで見る」は、「強く思い続けたことは夢に現れる」という、古くから日本にあった考え方を背景に持つ言い回しです。
平安時代の歌人・小野小町は、『古今和歌集』に収められた歌で「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを」(恋しい人を思いながら眠りについたから、あの人が夢に現れたのでしょうか。これが夢だと知っていたなら、目を覚まさずにいたのに)と詠んでいます。
強く思う相手が夢に現れるというこの発想は、思いが強いあまり夢にまで出てくるという「夢にまで見る」の意味と通じ合うものです。
使い方・例文
「夢にまで見る」は、長年の目標や強い憧れの対象について語る場面で使われます。
- 甲子園出場は、選手たちが夢にまで見た舞台だ。
- 幼い頃から夢にまで見たパリでの生活が実現した。
- 彼女は夢にまで見たという留学を、ついに果たした。
類義語・関連語
「夢にまで見る」と同じく、強い願望や憧れを表す言葉には以下のようなものがあります。
- 待ちに待った(まちにまった):
長い間、心待ちにしていた様子。 - 念願の(ねんがんの):
ずっと願い続けていた事柄を指す言い方。
英語表現
the dream of a lifetime
一生に一度あるかないかの、強く憧れ続けてきた夢を指す表現。
Meeting my idol in person was the dream of a lifetime.
(憧れの人に会えたのは、まさに夢にまで見た瞬間だった。)
a long-cherished dream
長年、大切に抱き続けてきた夢を指す言い方。
Opening her own bakery was a long-cherished dream.
(自分のパン屋を開くのは、彼女が夢にまで見た願いだった。)
「夢にまで見る」は『浮雲』では口説き文句
二葉亭四迷の小説『浮雲』の第二篇(1888年)では、本田昇という男がお勢に、思っても仕方のない人がいると言い、「この頃じゃ夢にまで見る」と続けます。
その相手がお勢自身だとほのめかす口説き文句です。
与謝野晶子の童話集『おとぎばなし少年少女』(1910年)では、田舎の伯父の家で兎狩りをすると聞いた子どもが、手紙に「毎日夢にまで見るほど」楽しみだと書いています。
恋しい人だけでなく、待ち遠しい楽しみにも使われていて、今の「夢にまで見た舞台」と同じ使い方です。










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