意味
「濫觴(らんしょう)」とは、物事のそもそもの始まりを指す言葉です。
やや文語的で格式ばった言葉であり、学術的な文章や由緒を説明する場面などで好んで使われます。
- 濫(らん):水などが浮かぶ、あふれる。
- 觴(しょう):杯。
語源・由来
中国の思想家・荀子の著書『荀子』の「子道」篇に見える孔子の言葉に由来します。
長江(揚子江)のような大河も、その源流をたどれば、盃(觴)を浮かべられる程度のわずかな細流にすぎないという例えから生まれた言葉です。
大きな川がどこかで必ず小さな一滴から始まっているように、どんな大きな物事にも、ささやかな出発点があるという発想を表しています。
使い方・例文
学問、文化、企業、制度など、さまざまな物事の起源をやや格式高く述べる場面で使われます。
- この学派は、江戸時代のある私塾に濫觴を発する。
- 近代オリンピックは、古代ギリシャの祭典にその濫觴を持つ。
- 会社の濫觴は、創業者が始めた小さな工房だった。
類義語・関連語
- 起源(きげん):
物事が始まった、もととなるところ。 - 発端(ほったん):
物事の始まり、きっかけ。
英語表現
the origin of
〜の起源、始まり。
This small workshop was the origin of what is now a major company.
(この小さな工房が、今の大企業の濫觴だった。)
「濫觴」は子路を戒めた孔子の例え
孔子がこの例えを説いたのは、単に川の成り立ちを語るためではなく、弟子である子路への戒めの文脈でした。
立派な服を着て現れた子路に、孔子は、川も下流では水が多くなり、舟を並べて風を避けなければ渡れなくなるように、服装を飾り得意げな顔つきをしている今のお前を誰も諫めようとはしなくなる、と言いました。
子路は服を改めて出直しています。
この後、孔子は、言葉や行いを誇り知恵を顔に出す者は小人であり、知っていることは知っている、知らないことは知らないと言うのが大切だと続けています。










コメント