日常会話やビジネスシーンで何気なく使っている熟語の中には、中国の古典や歴史的事件に由来する言葉が数多く存在します。たった2文字の漢字に、ドラマチックな物語や処世の知恵が凝縮されているのが、「故事成語」の面白さです。
ここでは、「推敲」「完璧」といった有名な言葉から、知的な響きを持つ言葉まで、現代日本語として定着している「漢字2文字の故事成語」を網羅的に解説します。
1. 行動・仕事・判断に関する言葉
仕事の進め方や行動指針となる言葉。失敗の教訓が含まれるものが多くあります。
推敲(すいこう)
文章や詩句を何度も練り直すこと。
唐の詩人・賈島(かとう)が、詩の語句を「推(お)す」にするか「敲(たた)く」にするか迷い、高名な詩人・韓愈(かんゆ)に相談して決めた故事に由来。
蛇足(だそく)
付け加える必要のない、余計なもの。
蛇の絵を早く描く競争で、最初に描き上げた男が余裕を見せて「足」を描き足し、逆に負けてしまったという『戦国策』の物語。
杞憂(きゆう)
必要のない心配をすること。取り越し苦労。
中国の杞(き)の国の人が、「天が落ちてきたらどうしよう」と本気で心配して寝食を忘れたという『列子』の逸話。
助長(じょちょう)
手助けしたつもりが、かえって害を与えてしまうこと。
早く作物を育てようと焦り、苗を無理やり引っ張り上げて、すべて枯らしてしまった男の物語(『孟子』)。
杜撰(ずさん)
物事のやり方がいい加減で、誤りが多いこと。
宋の詩人・杜黙(ともく)の作る詩が、定型のルールから外れていていい加減だったことから、「杜黙の詩撰(詩集)」略して「杜撰」と呼ばれたことに由来。
糊塗(こと)
一時しのぎでごまかすこと。「糊塗する」と使う。
「糊(のり)」で汚れた口をふさいだり、壁の隙間を塗り隠したりするように、根本的な解決をせず表面だけを取り繕うことに由来。
食指(しょくし)
物事に対して興味や欲望がわくこと。「食指が動く」と使う。
春秋時代、鄭(てい)の公子が「ご馳走にありつける時は人差し指が動く」と予言し、その通りにスッポン料理が振る舞われたという『春秋左氏伝』の逸話。
指南(しなん)
進むべき方向を教え導くこと。
古代中国の伝説で、黄帝が霧の中で敵と戦った際、常に南を指す仕組みを持った「指南車」を使って方向を知り、勝利した伝説に由来。
2. 能力・評価・学びに関する言葉
優れた才能や学問への姿勢、物事の完成度を表す言葉です。
完璧(かんぺき)
欠点がなく、完全無欠であること。
戦国時代、趙(ちょう)の藺相如(りんしょうじょ)が、秦の王に騙し取られそうになった「和氏の璧(宝玉)」を、命がけで傷一つつけずに持ち帰った(全うした)故事。
圧巻(あっかん)
書物や催し物の中で、最も優れた部分。
古代中国の官吏登用試験「科挙」で、最も優れた答案を他の答案の上に載せて(圧して)提出した習慣から。
白眉(はくび)
同類の中で最も優れている人や物。
『三国志』の馬氏の五人兄弟のうち、最も優秀だった長男・馬良(ばりょう)の眉に白い毛が混じっていた故事。
出藍(しゅつらん)
弟子が師匠の学識や才能を超えること。「出藍の誉れ」と使う。
「青は藍(植物)より取りて藍よりも青し」という『荀子』の言葉が語源。加工を重ねて元の葉より鮮やかになる染料に、弟子の成長をなぞらえたもの。
蛍雪(けいせつ)
苦労して学問に励むこと。「蛍雪の功」と使う。
貧しくて灯油が買えず、集めた「蛍」の光や、窓の「雪」の明かりで勉強に励んだ、車胤(しゃいん)と孫康(そんこう)の二人の故事。
登竜(とうりゅう)
立身出世のための難しい関門。「登竜門」の略。
黄河の急流「竜門」を登りきった鯉は、竜になるという伝説に由来。
伯仲(はくちゅう)
実力が釣り合っていて優劣がつけにくいこと。
本来は長兄(伯)と次兄(仲)の意。兄弟のように年齢や力量が近く、差が少ないことから。
3. 人間関係・感情に関する言葉
人との信頼、対立、激しい感情の動きにまつわる言葉です。
矛盾(むじゅん)
前後のつじつまが合わないこと。
「どんな盾も突き通す矛(ほこ)」と「どんな矛も防ぐ盾」を同時に売っていた商人が、客からの質問に答えられなくなった『韓非子』の逸話。
牛耳(ぎゅうじ)
組織や団体を支配し、思うままに動かすこと。
古代中国で同盟を結ぶ際、盟主が牛の耳を切って血をすする儀式を執り行ったことから、組織の実権を握ることを意味するように。
逆鱗(げきりん)
目上の人を激しく怒らせること。「逆鱗に触れる」と使う。
竜の喉元にある逆さの鱗(うろこ)に触れると、竜が激昂して人を殺すという伝説を、君主の怒りに例えた表現。
知音(ちいん)
互いの心を深く理解し合っている親友。
琴の名手・伯牙(はくが)の演奏を、友人の鍾子期(しょうしき)が「山のごとし」「川のごとし」と正確に理解して聴いてくれたという『列子』の物語。
知己(ちき)
自分の才能や人柄をよく理解してくれる人。知人。
「士は己を知る者のために死す」という言葉通り、自分を正当に評価してくれる人のために命を懸けた予譲(よじょう)の物語など、『史記』にみられる思想から。
断腸(だんちょう)
はらわたがちぎれるほど、悲しくて辛いこと。「断腸の思い」と使う。
捕らえられた子猿を追って息絶えた母猿の腹を割くと、悲しみのあまり腸(はらわた)がずたずたにちぎれていたという故事。
白眼(はくがん)
冷淡な目つきで相手を見ること。「白眼視」と使う。
竹林の七賢・阮籍(げんせき)が、気に入らない客に対しては黒目を隠し、「白目」だけで対応したという逸話。
殷鑑(いんかん)
身近にある失敗例を自分の戒めとすること。「殷鑑遠からず」と使う。
周の国は、一つ前の王朝である「殷」の滅び方を鏡(鑑)として、自らを戒めるべきだと説いた『詩経』の言葉。
4. 状況・運命・好機に関する言葉
置かれた状況や、運命的な瞬間を表す言葉です。
佳境(かきょう)
物語や状況が最も面白くなる場面。
画家の顧愷之(こがいし)が、サトウキビを甘い方へ向かって(佳い境へ)食べ進めたという逸話から、物語が徐々に面白くなることを指すように。
背水(はいすい)
失敗すれば後がない絶体絶命の状況。「背水の陣」の略。
漢の韓信(かんしん)が、あえて川(水)を背にして陣を敷き、兵士に決死の覚悟をさせて勝利した戦術。
奇貨(きか)
絶好の機会。「奇貨居(お)くべし」と使う。
商人の呂不韋(りょふい)が、不遇の王子を見込んで「これは珍しい値打ち物(奇貨)だ」として支援し、後に大きな利益を得た故事。
桃源(とうげん)
俗世間を離れた平和で美しい別世界。「桃源郷」とも。
陶淵明の『桃花源記』に描かれた、戦乱を避けた人々が暮らす、桃林の奥の不思議な理想郷のこと。
邯鄲(かんたん)
人の世の栄枯盛衰ははかなく、夢のようであること。「邯鄲の夢」と使う。
邯鄲という都で、青年が栄華を極める夢を見たが、目覚めると炊きかけの粟(あわ)も煮えていない短い時間だったという物語。
濫觴(らんしょう)
物事の始まり、起源。
長江のような大河も、その源は「觴(さかずき)」を浮かべる程度の小さな流れにすぎないという意味から。
関門(かんもん)
通過するのが困難な場所や試験。
「函谷関(かんこくかん)」などの通過困難な関所の門を指し、そこから重大な難所や試験を意味するように。






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