会議で社長が明らかに間違ったことを言っているのに、誰も反論せず「おっしゃる通りです」と賛同している。
権力者の顔色をうかがうあまり、見え透いた嘘さえもまかり通ってしまう。
そんな組織の腐敗や理不尽な状況を、「鹿を指して馬と為す」(しかをさしてうまとなす)と言います。
中国の歴史書『史記』に残る、背筋が凍るような粛清のエピソードから生まれた故事成語です。
意味
権力をカサに着て、明らかな間違いを無理やり押し通すことの例え。
また、目上の人の権勢を恐れて、自分の意見を曲げて相手のデタラメに従うことを指します。
「鹿(しか)」を指さして「これは馬だ」と言い張るという意味で、道理に合わないことでも、力があれば事実として通用してしまう恐ろしさを表しています。
四字熟語では「指鹿為馬(しろくいば)」とも言いますが、意味は全く同じです。
語源・由来
「鹿を指して馬と為す」は、中国の歴史書『史記』に記された故事に由来することわざです。
独裁者・趙高の恐怖政治
秦の始皇帝が亡くなった後、実権を握ったのが宦官の趙高(ちょうこう)でした。
彼は、自分の言葉にどこまで臣下たちが逆らえないのか、その服従度を試すため、ある日、二世皇帝に一頭の「鹿」を献上します。
そして趙高は、その鹿を指さし、平然と
「これは馬でございます」
と言い放ちました。
皇帝は思わず笑い、「それは鹿ではないか?」と答えます。
しかし趙高が周囲の臣下たちに向かって「これは何か?」と問いかけると、彼を恐れる者たちは口をそろえて
「馬でございます」
と答えました。
一方で、正直に「鹿です」と答えた者もいましたが、後日、趙高によって罪を着せられ、処刑されてしまいます。
この出来事以降、宮廷では趙高に逆らう者は誰もいなくなり、恐怖による支配が広がったと伝えられています。
使い方・例文
現代では、ワンマン経営者や政治的な圧力など、理不尽な力が働く場面で使われます。
「嘘を事実として押し通す権力者」を批判する文脈と、「それに従わざるを得ないイエスマン」を自嘲する文脈の両方で用いられます。
例文
- 社長の無理な決定に全員が賛成する様子は、まさに「鹿を指して馬と為す」だ。
- 「鹿を指して馬と為す」ような強引な答弁が繰り返され、国民の不信感は募るばかりだ。
- 「鹿を指して馬と為す」空気が蔓延した組織は、自浄作用を失い衰退していく。
類義語・関連語
「鹿を指して馬と為す」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 指鹿為馬(しろくいば):
「鹿を指して馬と為す」を四字熟語にしたもの。全く同じ意味です。 - 白を黒と言いくるめる(しろをくろといいくるめる):
巧みな言葉で、間違っていることを正しいと認めさせてしまうこと。
「言いくるめる」という点で、弁舌による説得のニュアンスが強くなります。 - 無理が通れば道理引っ込む(むりがとおればどうりひっこむ):
筋道の通らないことが権力などでまかり通る世の中では、正義や道理が行われなくなるということ。
対義語
「鹿を指して馬と為す」とは対照的な意味を持つ言葉は以下の通りです。
- 是々非々(ぜぜひひ):
良いことは良い、悪いことは悪いと、公平な立場で正しく判断すること。忖度(そんたく)の対極にある態度です。 - 直言居士(ちょくげんこじ):
相手が誰であろうと、自分の信じることを遠慮せずにずけずけと言う人のこと。
英語表現
「鹿を指して馬と為す」を英語で表現する場合、以下のフレーズが適しています。
Swear black is white
- 直訳:黒を白だと誓う
- 意味:「(道理に合わないことでも)強硬に言い張る」「白を黒と言いくるめる」
- 解説:
明らかに間違っていること(黒)を、正しい(白)と断言する強引さを表すイディオムです。
趙高の態度に近いニュアンスを持ちます。 - 例文:
He would swear black is white to get his way.
(彼は自分の思い通りにするためなら、鹿を指して馬と為す(黒を白だと誓う)ようなことでもする。)
「馬鹿」の語源説について
この「鹿を指して馬と為す(指鹿為馬)」という故事は、日本語の「馬鹿(ばか)」の語源になったという説があります。
「鹿を馬と言い張るような愚かな行為」、あるいは「鹿と馬の区別もつかない愚か者」という意味から転じたというものです。話のインパクトが強いため広く知られている説ですが、実は言語学的な根拠は乏しいとされています。
現在では、サンスクリット語で「無知」を意味する「moha(慕何)」や、「家」を意味する「mahallaka(摩訶羅)」が転じて、当て字として「馬鹿」が使われるようになったとする説など、諸説が存在します。
まとめ
権力によって事実さえも捻じ曲げられる「鹿を指して馬と為す」。
この言葉は、単なる「間違い」の話ではありません。
「これは馬だ」という明らかな嘘に対し、保身のために沈黙したり同調したりしてしまう、人間の弱さと組織の危うさを鋭く突いた教訓です。
おかしいことを「おかしい」と言える環境を守ることは、組織にとっても、自分自身の尊厳にとっても、非常に大切なことだと言えるでしょう。







コメント