猫も杓子も

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慣用句
猫も杓子も
(ねこもしゃくしも)

8文字の言葉」から始まる言葉
猫も杓子も 【個別】ことわざ・慣用句・四字熟語

SNSで話題のスイーツ店に行列ができているのを見て、「みんな同じことをしているなあ」と感じたことはありませんか。
誰も彼もがこぞってその場にいる、そんな熱気あふれる状況を「猫も杓子も」(ねこもしゃくしも)と言います。
単に「全員」と言うよりも、どこかユーモラスで、時に「主体性がない」と呆れるような響きを含んだ言葉です。

意味

何もかもすべて、誰も彼も、という意味です。
ある範囲の人々が、立場や個性の区別なく、一様に同じ行動をとっている様子を指します。

  • (ねこ):身近な動物。または後述する「禰子(神主)」などの当て字。
  • 杓子(しゃくし):飯や汁をすくう道具(しゃもじ)。

一説には、動物である「猫」と、道具である「杓子」という全く関連のないものを並べることで、「あらゆる雑多なもの」「有象無象(うぞうむぞう)」をひっくるめるニュアンスが出ているとされます。

語源・由来

この言葉は、江戸時代の庶民文化の中で広く親しまれてきた表現です。なぜ「猫」と「杓子」なのかについては、言葉遊びや語呂合わせを含むいくつかのユニークな説が語り継がれています。

説1. 「禰子(ねこ)と釈氏(しゃくし)」説

最も有力とされる説の一つです。「禰子」は神に仕える神主、「釈氏」は釈迦の弟子である僧侶を指します。
つまり、「神主も僧侶も」という言葉が、宗教や立場の垣根を超えて「誰も彼も」という意味になり、音が変化して「猫も杓子も」になったというものです。

説2. 「女子(めこ)と弱子(じゃくし)」説

「女子(めこ=女性)」と「弱子(じゃくし=子供)」が訛ったとする説です。
普段は家にいる女性や子供までもが動員される、あるいは飛び出してくる様子から、「一家総出で」「誰も彼も」という意味になったと考えられています。

説3. 一休宗純の狂歌

室町時代の僧、一休宗純が詠んだとされる歌も有名です。
「生まれては死ぬるなりけり おしなべて 釈迦も達磨も猫も杓子も
(人は皆、生まれては死ぬものである。偉い釈迦や達磨大師であっても、取るに足らない猫や杓子であっても、その点では変わりがない)
この歌が広まったことで、言葉が定着したとも言われています。

使い方・例文

現代では、流行などに流されて主体性なく行動する大衆を、少し批判的、あるいは揶揄(やゆ)する文脈で使われることが多い言葉です。
単に「全員」という事実を伝えるだけでなく、「どいつもこいつも」といった呆れのニュアンスが含まれやすいため、使用する相手や場面には配慮が必要です。

例文

  • 話題のタピオカ店には、「猫も杓子も」並んでいる。
  • ハロウィンの夜は、「猫も杓子も」仮装して街に繰り出した。
  • 最近のビジネス書コーナーは、猫も杓子もAIの話題ばかりだ。

文学作品での使用例

『吾輩は猫である』(夏目漱石)
主人公である「猫」が、人間社会の滑稽さを観察する中で、この言葉を用いています。

牡蠣(かき)的主人(あるじ)も猫も杓子もつくばって、天地の御恩を謝し奉(たてまつ)る事になる。(…)
(第十一話より)

類義語・関連語

「猫も杓子も」と同様に、大勢の人々を指す言葉はいくつかありますが、それぞれニュアンスが異なります。

  • 誰も彼も(だれもかれも):
    特定の人だけでなく、そこにいるすべての人。
  • 老若男女(ろうにゃくなんにょ):
    年齢や性別に関わらず、あらゆる人々。「猫も杓子も」よりもフラットで丁寧な表現。
  • 有象無象(うぞうむぞう):
    世の中にたくさんいる、つまらない種々雑多な人々。より強い軽蔑の意を含む。

英語表現

英語にも、ユニークな比喩を使って「誰も彼も」を表す慣用句があります。

Every Tom, Dick, and Harry

  • 意味:「(ありふれた名前の)誰も彼も」「一般大衆」
  • 解説:日本でいう「太郎、次郎、三郎」のように、当時の一般的な名前を並べることで「どこにでもいる普通の人々」を表します。
  • 例文:
    You can’t tell every Tom, Dick, and Harry about it.
    猫も杓子も[誰にでも]それを話してはいけないよ)

Everybody and their dog

  • 意味:「誰も彼も」「あらゆる人」
  • 解説:直訳すると「みんなとその飼い犬」。飼い犬まで連れてくるほど、文字通り全員が参加している様子を強調するカジュアルな表現です。

エピソード:縁起物としての「杓子」

由来の一つである「杓子(しゃくし)」ですが、実は古くから縁起物としても扱われてきました。
「飯をすくう」動作が「敵をすくう(降参させる)」や「福をすくう」に通じるとして、戦勝祈願や商売繁盛の縁起物とされてきた歴史があります。
有名な広島・厳島神社の「縁起杓子」もこれに由来します。「猫も杓子も」という言葉の中では「ありふれた道具」の代名詞ですが、かつては人々の願いを受け止める特別な道具でもあったのです。

まとめ

猫も杓子もとは、誰も彼もが区別なく同じ行動をとる様子を表す言葉です。
「神主と僧侶」や「女と子供」など、その語源には諸説ありますが、古くから日本人の生活に深く根付いてきた表現であることは間違いありません。
流行に賑わう街角を見たとき、この言葉を思い出してみると、その光景が少し違ったものに見えてくることでしょう。

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