ことわざ

後は野となれ山となれ

(あとはのとなれやまとなれ)

目先のことだけを考え、将来の結果を顧みない無責任な態度。


12文字の言葉」から始まる言葉
後は野となれ山となれ ことば
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意味

「後は野となれ山となれ」とは、目先のことだけを考え、将来の結果についてはどうなっても構わないという無責任な態度を指す言葉です。

自分の行動が後にどのような災いをもたらそうとも、今の自分が良ければそれでいいという「投げやりな心理」を表しています。
一時的な欲望や感情に流され、長期的な視点や周囲への配慮を欠いている状態を戒める際や、自嘲気味に語る際に用いられます。

語源・由来

「後は野となれ山となれ」の由来は、江戸時代に定着した俗謡(はやり歌)の一節にあるとされています。

この言葉の背後には、人間のさまざまな諦念や無責任な心理が投影されています。

  • 俗謡のフレーズ
    江戸時代に流行した「浮世をば、今楽しめ、後は野となれ山となれ」といった趣旨の歌が広まり、そこから後半部分がことわざとして定着しました。
    「野となれ山となれ」は、自分が死んだり去ったりした後は、田畑が荒れて野山に戻ってしまおうが知ったことではない、という極端な放縦さを表しています。
  • 遊郭や放蕩の文化
    江戸時代の享楽的な文化の中で、将来の蓄えや家族のことを顧みず、その場限りの快楽に溺れる様子を描写する言葉として使われるようになりました。
    井原西鶴の文学作品などにも、こうした「今さえ良ければ」という刹那的な生き方が描かれています。

本来は「自分が去った後の世界がどうなってもよい」という破滅的なニュアンスを含んでいましたが、現代では「後の責任を放棄して逃げる」といった意味で使われるのが一般的です。

使い方・例文

目の前の状況から逃避したいときや、限界を超えて「どうにでもなれ」と開き直った場面で使われます。
家庭生活、趣味、仕事など、責任を放棄するあらゆる文脈に当てはまります。

例文

  • 後は野となれ山となれと、貯金をすべて使い切る。
  • 仕事を放り出し、後は野となれ山となれと帰宅した。
  • 試験勉強を諦めて、後は野となれ山となれの心境で眠る。
  • 後は野となれ山となれの精神で、無計画な旅に出る。

誤用・注意点

この言葉は、基本的に「無責任」「投げやり」「自分勝手」という否定的なニュアンスを伴います。
そのため、前向きな「なるようになる」という楽観的な意味で使うと、誤解を招く恐れがあります。

  • 「ケ・セラ・セラ」との違い
    「なるようになる」という言葉には「未来を信じて受け入れる」という明るい響きがありますが、「後は野となれ山となれ」は「後のことは知ったことではない」という突き放した無責任さが主体です。
  • 目上の人への使用
    自身の失敗を報告する際などに使うと、「責任感がない」と判断され非常に失礼にあたります。
    特にビジネスシーンで他人の行動を評価する際も、強い非難の意味を持つため慎重な判断が必要です。

類義語・関連語

「後は野となれ山となれ」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。

  • 破れかぶれ(やれかぶれ):
    自暴自棄になり、どうなってもいいとやけになること。
  • 捨鉢(すてばち):
    絶望して、物事を投げやりな態度で扱うこと。
  • 刹那主義(せつなしゅぎ):
    過去や将来を考えず、今この瞬間だけの快楽を追求する考え方。
  • 旅の恥はかき捨て(たびのはじはかきすて):
    旅先では知る人もいないので、どんなに恥ずかしいことをしても構わないという考え。
  • 当たって砕けろ(あたってくだけろ):
    成功するかどうか考えず、思い切ってやってみること。

対義語

「後は野となれ山となれ」とは対照的な意味を持つ言葉は以下の通りです。

  • 備えあれば憂いなし(そなえあればうれいなし):
    普段から準備をしておけば、いざという時に困ることはない。
  • 石橋を叩いて渡る(いしばしをたたいてわたる):
    非常に用心深く、安全を確認してから物事を行うこと。
  • 先見の明(せんけんのめい):
    将来起こることをあらかじめ見通す賢さ。
  • 終わり良ければすべて良し(おわりよければすべてよし):
    結末が良ければ、過程の不手際などは問題にならないこと。

英語表現

「後は野となれ山となれ」を英語で表現する場合、歴史的な格言やイディオムが使われます。

After me, the deluge

「我亡き後に洪水よ来たれ」
自分の死後や去った後に、どんな災難が起きても構わないという究極の無責任さを表します。
フランス王ルイ15世の言葉(Après moi, le déluge)が由来とされます。愛妾ポンパドゥール夫人が言ったとされるのは「我々の後に」(Après nous, le déluge)で、こちらはロスバッハの戦いに敗れた王を慰めた言葉と伝えられます。

The director quit the struggling project, thinking, “After me, the deluge.”
(ディレクターは苦境にあるプロジェクトを辞め、「後は野となれ山となれ」と考えていた。)

Let the devil take the hindmost

「最後尾の者は悪魔に取られよ」
自分だけが助かればよく、脱落した他人のことなどは知ったことではないという、利己的で投げやりな態度を指します。

In that cut-throat competition, it was always a case of let the devil take the hindmost.
(その激しい競争の中では、常に「弱肉強食(後は野となれ山となれ)」の状態だった。)

フランスにもある同じ言い方

同じ投げやりさを表す言葉は、フランス語にもあります。
「我が亡きあとに大洪水よ来たれ」という意味の言い回しで、18世紀のルイ15世、あるいは寵姫ポンパドゥール夫人の言葉として伝えられてきました。

1757年のロスバッハの戦いでフランスが大敗したころに広まったとされます。
自分がいなくなったあとのことは知らない、という構えを、洪水という規模の大きな災いで表している点が特徴です。

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