意味
「喉元過ぎれば熱さを忘れる(のどもとすぎればあつさをわすれる)」とは、苦しい経験やつらい状況も、それが過ぎ去ればその時の苦しさを忘れてしまうという意味です。
熱い食べ物が喉を通る瞬間は激しい熱さを感じますが、飲み込んでしまえばその感覚をすぐに忘れてしまうことにたとえています。
また、苦しい時に受けた恩義を、状況が良くなると忘れてしまうという「恩知らず」な振る舞いを戒める際にも用いられます。
語源・由来
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」の由来は、熱いものを口にしたときの直接的な身体感覚にあります。
喉という部位は非常に敏感であり、熱いものが通過する一瞬は強い刺激を感じますが、通り過ぎてしまえばその感覚を保持し続けることは困難です。
この生理的な仕組みを、人間の心理的な「忘れやすさ」に結びつけた比喩表現です。
使い方・例文
過去の失敗を反省せず繰り返したり、苦しい時だけ人に頼っておきながら、後で感謝を忘れたりする場面で使われます。
例文
- 不摂生を再開するとは、まさに喉元過ぎれば熱さを忘れるだ。
- 喉元過ぎれば熱さを忘れるにならぬよう、失敗を胸に刻む。
- 喉元過ぎれば熱さを忘れるで、誓った禁煙を三日でやめた。
- 窮地を救われた恩を喉元過ぎれば熱さを忘れるとばかりに忘れる。
誤用・注意点
この言葉は、基本的には「反省がない」「恩知らず」といった否定的な評価や戒めとして使われます。
そのため、立ち直りの早さを褒めるつもりで「あなたは喉元過ぎれば熱さを忘れるタイプだね」と言うと、相手を「学ばない人」と貶める表現になりかねません。
他人に対して使う際は十分な配慮が必要です。
類義語・関連語
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 暑さ忘れて陰忘る(あつさわすれてかげわする):
暑い時にお世話になった木陰のありがたみを、涼しくなると忘れてしまうこと。 - 雨晴れて笠を忘る(あめはれてかさをわする):
雨がやむと、雨具のありがたみを忘れてしまうこと。恩を忘れやすいことのたとえ。 - 病治りて医師忘る(やまいなおりていしわする):
病気が治ると、苦しい時に治療してくれた医師の恩を忘れてしまうこと。
対義語
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とは対照的な意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 恩に着る(おんにきる):
受けた恩をありがたく思い、感謝の気持ちを持ち続けること。 - 結草報恩(けっそうほうおん):
死んでからでも、受けた恩に必ず報いること。 - 臥薪嘗胆(がしんしょうたん):
将来の成功のために、今の苦労や悔しさを忘れずに耐え忍ぶこと。
英語表現
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」を英語で表現する場合、神への祈りや嵐に例えた以下の表現が一般的です。
Danger past, God forgotten
意味:危険が去れば、神のことは忘れられる。
危機に直面している時は熱心に神に祈るが、安全になると祈っていたことさえ忘れてしまう人間の性質を表しています。
He promised to quit drinking after the accident, but danger past, God forgotten.
(事故の後は酒をやめると約束したのに、喉元過ぎれば熱さを忘れるだ。)
Vows made in storms are forgotten in calms
意味:嵐の中で立てた誓いは、凪になれば忘れられる。
困難な状況での決意が、平穏な時には守られないことを意味します。
福沢諭吉は「咽元通れば熱さ忘れる」を前向きに使った
福沢諭吉は『福翁自伝』(1899年)の終わり近くで、六十年余りの人生を振り返り、このことわざを使っています。
「咽元通れば熱さ忘れると云うその通りで、艱難辛苦も過ぎて仕舞えば何ともない」(ことわざの通りで、苦労も過ぎてしまえば何ともない)と書きました。
続けて、貧乏は苦しいが、過ぎた後で昔の貧苦を思い出すと「却て面白いくらいだ」(かえっておもしろいくらいだ)とも述べています。
ここでの「熱さ忘れる」は、反省のなさを責める言葉ではなく、昔の苦労を笑って振り返る言葉として使われています。
福沢が書いた形は「咽元通れば熱さ忘れる」で、今よく使う「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とは、「過ぎれば」が「通れば」になっています。














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