「羹に懲りて膾を吹く(あつものにこりてなますをふく)」とは、一度の失敗にひどく懲りて、必要以上におびえたり、用心深くなったりすることのたとえです。
この言葉は、過去の失敗によるトラウマから、本来は心配する必要のないことまで恐れてしまう、やや過剰な警戒心を表しています。
「羹に懲りて膾を吹く」の意味・教訓
このことわざを分解すると、以下のようになります。
- 羹(あつもの):肉や野菜を入れた熱い汁物、スープのこと。
- 懲りる(こりる):失敗してひどい目に遭い、もう二度とやるまいと思うこと。
- 膾(なます):魚や野菜を細かく切り、酢で和えた冷たい料理のこと。
- 吹く(ふく):熱いものを冷ますために息を吹きかけること。
直訳すると、「熱いスープ(羹)で火傷(やけど)する失敗に懲りて、冷たい料理(膾)までもフーフーと吹いて冷まそうとする」という意味になります。
熱いスープで懲りたのは仕方ありませんが、もともと冷たい膾を吹く必要はまったくありません。
この様子から、一度の失敗が原因で、物事すべてに対して過度に臆病になってしまう心理や行動を指す言葉として使われます。
「羹に懲りて膾を吹く」の語源
この言葉の由来は、古代中国の詩人である屈原(くつげん)が作ったとされる詩集『楚辞(そじ)』の中の一節にあるとされています。
『楚辞』の「九章・惜誦(せきしょう)」に、「羹に懲りたる者は、膾をも吹く(熱いスープで懲りた者は、冷たい膾までも吹く)」という内容の記述があります。
屈原が、国を憂うあまり政敵に陥れられて失脚した際、その深い絶望と人間不信から、あらゆることを疑い、必要以上に警戒してしまう自らの心境を表現した言葉だとされています。

「羹に懲りて膾を吹く」の使い方と例文
過去の特定の失敗が原因で、それとは直接関係のない、あるいは心配する必要のないことまで過剰に警戒したり、臆病になったりする状況で使われます。
例文
- 「一度の失恋が原因で、彼は羹に懲りて膾を吹くように、親切にしてくれる人まで疑ってかかっている。」
- 「前のプロジェクトで大失敗した彼は、今回の簡単な仕事ですら、羹に懲りて膾を吹くがごとく、何度も確認を繰り返している。」
- 「投資で一度損をしたからといって、銀行預金までするのを怖がるのは、羹に懲りて膾を吹くものだ。」
類義語・関連語
- 蛇に噛まれて朽ち縄に怖じる(へびにかまれてくちなわにおじる):
蛇に噛まれた経験から、腐った縄(見た目が蛇に似ている)を見ただけでも怖がること。 - 熱燗に懲りて冷酒を吹く(あつかんにこりてれいしゅをふく):
熱い酒で懲りたために、冷たい酒まで吹いて冷まそうとすること。「羹に懲りて膾を吹く」と全く同じ意味の俗言。 - 井の中の蛙大海を知らず(いのなかのかわずたいかいをしらず):
(直接の類義語ではないが)過去の経験や狭い見識にとらわれ、広い視野を持てないという点で共通する。 - 疑心暗鬼(ぎしんあんき):
疑う心があると、何でもないことまで恐ろしく、疑わしく感じられること。
対義語
- 喉元過ぎれば熱さを忘れる(のどもとすぎればあつさをわすれる):
苦しい経験も、過ぎ去ってしまえばその苦しさを忘れてしまうこと。失敗に懲りて用心深くなるのとは対照的に、忘れっぽいことを指す。 - 二の舞を踏む(にのまいをふむ):
前の人と同じ失敗を繰り返すこと。
英語での類似表現
A burnt child dreads the fire.
- 直訳:「火傷した子供は火を恐れる」
- 意味:「一度痛い目に遭うと、それに似たものを極端に恐れるようになる」
- 解説:「羹に懲りて膾を吹く」と非常に近い意味で使われます。失敗から用心深くなる様子を表します。
Once bitten, twice shy.
- 直訳:「一度噛まれたら、二度目は臆病(用心深く)になる」
- 意味:「一度失敗すると、次は慎重になる」
- 解説:こちらも似た状況で使われますが、「A burnt child dreads the fire.」や日本のことわざほどの「過剰な臆病さ」というニュアンスはやや弱く、単に「慎重になる」という意味で使われることもあります。
まとめ – 「羹に懲りて膾を吹く」から学ぶこと
「羹に懲りて膾を吹く」は、失敗から学ぶことの大切さを超えて、その失敗にとらわれすぎることへの戒めを含む言葉です。
失敗を反省し、次に活かすことは重要ですが、過去のトラウマによって、本来必要のないことまで恐れていては、新しい一歩を踏み出すことができません。失敗の原因を冷静に分析し、何が「熱い羹」で、何が「冷たい膾」なのかを見極める冷静さが必要であることを教えてくれます。





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