「蛇に噛まれて朽ち縄に怖じる(じゃにかまれてくちなわにおじる)」という言葉を聞いたことはありますか?
一度怖い目に遭うと、似たようなものを見ただけで過剰に怖がってしまう。
そんな人間の心理を鋭く突いたことわざです。この言葉の意味や背景、使い方を詳しく見ていきましょう。
「蛇に噛まれて朽ち縄に怖じる」の意味・教訓
「蛇に噛まれて朽ち縄に怖じる」とは、一度ひどい目に遭うと、それに似たものを見ただけで、実際には危険がないにもかかわらず怖がってしまうことのたとえです。
- 「蛇(じゃ)」:危険なものの象徴。
- 「朽ち縄(くちなわ)」:腐った縄。遠目には蛇のように見えるもの。
- 「怖じる(おじる)」:怖がる、恐れる。
つまり、「一度蛇に噛まれた(ひどい目に遭った)経験から、蛇に似た腐った縄(実際は無害なもの)を見ただけでも怖がってしまう」という意味合いです。
このことわざは、過去の失敗やトラウマ(心的外傷)によって、必要以上に臆病になったり、慎重になりすぎたりする人間の心理状態や行動を指しています。
「蛇に噛まれて朽ち縄に怖じる」の語源
このことわざの直接的な出典は明確ではありませんが、古い時代から人々の間で語り継がれてきた教訓的な言葉です。
「朽ち縄(くちなわ)」は、古語で「蛇」そのものを指す言葉でもありました(縄のように見えることから)。そのため、「蛇に噛まれて、蛇(朽ち縄)を怖がる」という解釈もできますが、現代では一般的に「腐った縄」と解釈し、見間違いによる恐怖のたとえとして使われています。
「蛇に噛まれて朽ち縄に怖じる」の使い方と例文
過去の痛ましい経験や大きな失敗が原因で、無関係なことや些細なことにまで過剰に反応し、恐れたり警戒したりする状況で使われます。
「あんな失敗をしたのだから、彼が慎重になるのも無理はない」といった、ある程度の同情や理解を含んで使われることもあれば、「少し心配しすぎだ」と、その臆病さをやや否定的に指摘する際に使われることもあります。
例文
- 「以前、投資で大損した彼は、銀行の積立預金すら怖がる。まさに蛇に噛まれて朽ち縄に怖じるだ。」
- 「一度ひどい食中毒を経験してから、彼女は外食のすべてを疑うようになった。蛇に噛まれて朽ち縄に怖じるとはこのことだ。」
- 「(上司が部下に)前回のプレゼンの失敗を引きずって、新しい企画を出すのをためらうのは、蛇に噛まれて朽ち縄に怖じるというものだ。」
類義語・関連語
似たような意味を持つ言葉を紹介します。
- 羹に懲りて膾を吹く(あつものにこりてなますをふく):
熱い吸い物(羹)でやけどをしたのに懲りて、冷たいなます(膾)まで吹いて冷まそうとすること。失敗に懲りて必要以上の用心をすること。 - トラウマ:
心的外傷。過去の衝撃的な体験が原因で、心に深い傷を残し、後々までその影響を受けること。
対義語
直接的な対義語は少ないですが、失敗を恐れない、または失敗から学んで次に進むといった意味合いの言葉が挙げられます。
- 失敗は成功のもと(しっぱいはせいこうのもと):
失敗しても、その原因を反省し、やり方を改めれば、かえって将来の成功につながるということ。 - 喉元過ぎれば熱さを忘れる(のどもとすぎればあつさをわすれる):
(※「怖じる」の対極として)熱いものを飲み込んでも、喉を通り過ぎてしまえばその熱さ(苦しさ)を忘れてしまうこと。苦しい経験も、過ぎ去れば簡単に忘れてしまうたとえ。
英語での類似表現
「蛇に噛まれて朽ち縄に怖じる」のニュアンスに近い英語表現です。
Once bitten, twice shy
- 意味:「一度噛まれたら、二度目は臆病になる」
- 解説:一度痛い目を見ると、次は用心深くなる、臆病になるという意味で、日本語の「蛇に噛まれて〜」の状況と非常によく似た表現です。
- 例文:
After he got food poisoning at that restaurant, he won’t eat out anywhere. Once bitten, twice shy.
(あのレストランで食中毒になってから、彼は一切外食をしなくなった。一度噛まれたら、二度目は臆病になる、ということだ。)
A burnt child dreads the fire
- 意味:「火傷をした子供は火を恐れる」
- 解説:「羹に懲りて膾を吹く」にも近い表現で、一度痛い目に遭うと、その原因となったものをひどく恐れるようになる、という意味です。
- 例文:
He refuses to invest in stocks again after his big loss. A burnt child dreads the fire.
(彼は大きな損失を出して以来、二度と株に投資しようとしない。火傷をした子供は火を恐れる、だ。)
「蛇に噛まれて朽ち縄に怖じる」に関する豆知識
このことわざと似た状況を表す心理学の用語に「汎化(はんか)」があります。
例えば、犬に噛まれた(特定の刺激)経験がトラウマとなり、犬全般(似た刺激)を怖がるようになることを指します。
「蛇に噛まれて朽ち縄に怖じる」は、この「汎化」が日常生活のレベルで起こっている様子を的確に表現した、古くからの知恵と言えるでしょう。
まとめ – 恐怖と向き合う知恵
「蛇に噛まれて朽ち縄に怖じる」は、過去の痛い経験から、実際には危険のないものにまで恐怖を感じてしまう人間の心理を表すことわざです。
過去の失敗から学ぶことは大切ですが、それが過剰な恐怖や臆病さにつながり、新しい一歩を踏み出す妨げになってはいないでしょうか。
この言葉は、私たちに「何を恐れ、何に注意を払うべきか」を冷静に見極めることの大切さを教えてくれているようです。



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