意味
「貧すれば鈍する(ひんすればどんする)」とは、貧乏をすると心に余裕がなくなって頭の働きが鈍り、考えが浅はかになったり、品性が卑しくなったりするものであるという意味です。
- 貧すれば(ひんすれば):
貧しくなると。生活が苦しくなると。 - 鈍する(どんする):
頭の働きや動きが鈍くなる。愚かになる。機転が利かなくなる。
単に金銭的な欠乏を指すだけでなく、それによって引き起こされる「精神的なゆとりの喪失」が、人間の本来持っている賢さや良心を曇らせてしまうという教訓を含んでいます。
語源・由来
「貧すれば鈍する」の由来ははっきりしません。
生活の基本となる衣食住が脅かされる状況では、人はまず「今日を生き延びること」に全神経を注がざるを得ません。
その結果、将来を見据えた長期的な判断や、他者への思いやりといった「高度な思考」にリソースを割けなくなります。
このような、切羽詰まった状況が知恵を奪うという心理的な真理が、簡潔な表現として語り継がれてきました。
使い方・例文
経済的な困窮が原因で、普段のその人らしからぬ判断ミスをしたり、品位を欠く行動をとってしまったりする文脈で用いられます。
生活に追われて心身ともに余裕を失い、冷静さを欠いている状態を客観的に指摘する際に使われることが多い言葉です。
例文
- 借金の返済に追われ、怪しい投資話に乗ってしまった。まさに貧すれば鈍するだ。
- 貧すれば鈍すると言うが、生活が苦しくても人としての誇りは捨てたくない。
- 資金繰りに窮した社長が、以前の誠実さを失ったのは貧すれば鈍するの典型だ。
誤用・注意点
「貧すれば鈍する」は、暮らしの苦しさと判断力の低下を結びつけて一般化することわざです。
自分の余裕のなさを省みて使う分には収まりますが、他人に向けて言えば、経済状態を理由にその人の能力や品性を低く見積もる言い方になります。
余裕を失うと視野が狭くなるという中身だけを伝えたいのであれば、「切羽詰まると判断を誤る」のように、貧富と結びつけない言い方があります。
類義語・関連語
「貧すれば鈍する」と似た意味を持つ言葉には、生活の基盤と心のあり方の関係を説くものがいくつかあります。
- 衣食足りて礼節を知る(いしょくたりてれいせつをしる):
生活が安定して初めて、人は礼儀や節度をわきまえるようになる。 - 恒産なくして恒心なし(こうさんなくしてこうしんなし):
安定した財産や職業がなければ、道徳心を保ち続けることは難しい。 - 窮すれば濫す(きゅうすればらんす):
人は追い詰められて困窮すると、とかく自暴自棄になり、みだらな行いをする。
対義語
「貧すれば鈍する」とは対照的な意味を持つ言葉は、状況に左右されない強い精神性を示します。
- 武士は食わねど高楊枝(ぶしはくわねどたかようじ):
貧しくて食事ができなくても、誇りを保って満腹を装う。気位の高さのたとえ。 - 窮して乱れず(きゅうしてみだれず):
どれほど困窮しても、道徳心や品位を失わずに正しく行動すること。 - 安貧楽道(あんぴんらくどう):
貧しさに甘んじながらも、自分の信じる正しい道を楽しみ、心穏やかに暮らすこと。
『論語』の似た言葉と、森鷗外『雁』の「貧すれば鈍する」
似た発想を述べた言葉として、『論語』衛霊公篇にある「小人窮すれば斯に濫す」(徳のない者は困窮すると節度を失う)が古くから知られています。
森鷗外の小説『雁』(1911〜13年)には、お玉の父親が「それまでにして育てたお玉を、貧すれば鈍するとやら云うわけで、飛んだ不実な男の慰物にせられたのが、悔やしくて悔やしくてならないのだ」と嘆く場面があります。
貧しさで判断が鈍り、苦労して育てた娘を不実な男に渡してしまったと悔やむ使い方です。
「貧すれば鈍する」は、貧しさそのものよりも、貧しさがもたらす余裕のなさが人を鈍らせるという観察を短く言い切った言葉です。










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