「あの人、苦手だけど無下にもできない…」そんな相手に対して、表面上は丁寧にしつつ、そっと距離を置いた経験はありませんか?
このような、大人の処世術とも言える態度を的確に表すのが「敬して遠ざく(けいしてとおざく)」という言葉です。
一見すると矛盾した行動のようにも思えますが、人間関係の波風を立てないための知恵でもあります。この言葉の正しい意味や由来、具体的な使い方を解説します。
「敬して遠ざく」の意味・教訓
「敬して遠ざく」とは、表面上は相手を敬う態度を見せながら、実際にはその相手を避けて距離を置き、深く関わらないようにすることを意味します。
相手に対する苦手意識や、関わると面倒だという本心を悟られないように、あえて丁寧な態度をとる、というニュアンスが含まれます。単に避けるのではなく、「敬う」という形をとる点が特徴です。
「敬して遠ざく」の語源 – 論語の一節
この言葉は、孔子とその弟子たちの言行録である『論語』の「雍也(ようや)篇」にある一節に由来します。
弟子の樊遅(はんち)が「知(知恵)」とは何かを尋ねた際、孔子は「民の義を務め、鬼神(きしん)を敬して之を遠ざく、知と謂(い)う可し(民衆のために尽くすべき道を行い、鬼神のような得体の知れないものは、敬いつつも距離を置くのが、知と言える)」と答えました。
これが元となり、現代では主に「苦手だが表立って敵対できない人間」への対処法を指す言葉として使われています。
「敬して遠ざく」の使い方と例文
現代では、職場の上司、取引先、親戚、ご近所など、関係性を保つ必要はあるものの、本心では深く関わりたくない相手への対応を示す際によく使われます。
内心の苦手意識を隠し、波風を立てないように距離を置く処世術として用いられる表現です。
例文
- 「口うるさいけれど影響力のある先輩には、皆敬して遠ざくようにしている。」
- 「新しい上司は優秀だが厳しすぎるため、部下たちは敬して遠ざくばかりだ。」
- 「あの取引先は要求が細かすぎるので、敬して遠ざくのが一番の対策だ。」
- 「ご近所の〇〇さんには、挨拶だけは笑顔でして、あとは敬して遠ざくことに決めた。」
類義語・関連語
- 触らぬ神に祟りなし(さわらぬかみにたたりなし):
面倒なことには関わらないのが一番良いというたとえ。「敬して遠ざく」の背景にある心理と共通します。 - 遠巻きにする(とおまきにする):
直接関わらず、離れたところから様子を見たり、囲んだりすること。距離を置く点は共通しますが、「敬う」というニュアンスは含みません。 - 疎遠(そえん):
付き合いが少なくなり、関係が遠のくこと。意図的に距離を置く「敬して遠ざく」とは異なり、自然に関係が薄れた状態も指します。
対義語
- 昵懇(じっこん):
非常に親しく付き合うこと。遠慮のない間柄。「敬して遠ざく」とは正反対の状態です。 - 懐く(なつく):
相手に慣れ親しみ、そばを離れようとしないこと。心理的な距離が非常に近い状態です。 - 肝胆相照らす(かんたんあいてらす):
互いに心の底まで打ち明けて、親しく付き合うこと。
英語での類似表現
Keep someone at arm’s length
- 意味:「(人)をよそよそしく扱う、一定の距離を置く」
- 解説:文字通り「腕の長さ」分離れた場所に誰かを保つ、つまり親しくなりすぎないように距離を保つことを意味します。「敬して遠ざく」の「距離を置く」部分のニュアンスに近い表現です。
- 例文:
She seems to keep everyone at arm’s length.
(彼女は誰に対しても一定の距離を置いているようだ。)
Give someone a wide berth
- 意味:「(人や物を)大きく避ける、距離を保つ」
- 解説:元々は船が障害物や他の船から十分に距離をとることを意味する航海用語です。面倒な人や危険な状況を意図的に避ける際に使われ、「敬して遠ざく」の「避ける」側面に近いです。
- 例文:
I tend to give him a wide berth at parties because he always talks politics.
(彼はパーティーでいつも政治の話ばかりするので、私は彼を大きく避けるようにしている。)
「敬して遠ざく」に関する豆知識 – 本来の意味と現代の用法の違い
語源である『論語』では、孔子は「鬼神(きしん)」、つまり死者の霊や得体の知れない超自然的な存在に対して「敬して遠ざく」のが知恵だと述べました。
これは、「存在は認めて敬うが、それに振り回されたり、過度に依存したりせず、現実の人間の道をしっかり歩むべきだ」という意味合いでした。
一方、現代の日本では、この対象が「鬼神」から「苦手な人間」に置き換わりました。
本来の深い哲学的な意味合いよりも、「面倒な相手と波風を立てずに関係を処理する」という、より現実的な処世術としての意味合いが強くなっています。
まとめ – 処世術としての「敬して遠ざく」
「敬して遠ざく」は、苦手な相手や面倒な物事に対し、表面上は敬意を払いながらも、本心では距離を置くという、ある種の処世術を表す言葉です。
『論語』に由来する言葉ですが、現代では特に対人関係において、波風を立てずに距離感を保つための知恵として使われています。この言葉が示すような態度は、時にはスムーズな社会生活を送る上で必要になる場面もあるかもしれませんね。



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