四字熟語

坐食逸飽

(ざしょくいっぽう)

労働せずに遊びにふけり、飲み食いして暮らす様子。


8文字の言葉 / 「さ・ざ」から始まる言葉
坐食逸飽 ことば
スポンサーリンク

意味

「坐食逸飽(ざしょくいっぽう)」とは、いっさい働くことなく、ただ食べて遊び暮らすことです。

単に生活が豊かであるということではなく、社会的な役割を放棄して無為な日々を送る人物に対する、強い批判や軽蔑のニュアンスを含んで用いられます。

  • 坐(ざ):座ること。ここでは何もしない様子。
  • 食(しょく):食べること。
  • 逸(いつ):気ままに楽しむこと。遊び暮らすこと。
  • 飽(ほう):飽きるほど十分であること。

語源・由来

「坐食」は働くために立ち上がることなくただ座って食べる様子、「逸飽」は遊びにふけり飽きるほどに飲み食いする様子を示します。

これら二つの漢語を組み合わせることで、極端に怠惰な生活態度を強調した四字熟語として成立しています。
それぞれの漢字が持つ意味を直接的に重ね合わせた表現です。

使い方・例文

「坐食逸飽」は、遺産や資産などによって働く必要がない人が、社会的な活動を一切行わずに快楽のみを追求している状況に対して使われます。

  • 若くして莫大な遺産を相続した彼は、毎日坐食逸飽の生活を送っている。
  • 恵まれた環境に甘んじて坐食逸飽を続ければ、やがて周囲からの信用を失う。
  • 坐食逸飽の日々を捨て、彼は自らの手で事業を立ち上げる決心をした。

類義語・関連語

「坐食逸飽」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。

  • 無為徒食(むいとしょく):
    社会的な役割を持たず、ただ無駄に日々を過ごすこと。
  • 飽食暖衣(ほうしょくだんい):
    生活に少しの不自由もなく、ぜいたくに満ち足りている状態。
  • 遊手好閑(ゆうしゅこうかん):
    仕事を持たず、何もせずにただぶらぶらと遊び暮らす様子。
  • 左団扇(ひだりうちわ):
    労働などの苦労をせず、安楽で余裕のある生活を送る様子。
スポンサーリンク

対義語

「坐食逸飽」と反対の意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。

  • 刻苦勉励(こっくべんれい):
    心身を苦しめるほどに、仕事や学業に一生懸命に励む様子。
  • 精励恪勤(せいれいかっきん):
    自分の仕事に対して、力を尽くして真面目に取り組むこと。

英語表現

live in idleness

意味:働くことなく怠惰に日々を過ごす状態

He inherited a fortune and now lives in idleness.
(彼は財産を相続し、今は働かずに暮らしている。)

eat the bread of idleness

意味:自らは労働せず、怠けて生活の糧を得る様子

She refuses to eat the bread of idleness and works hard every day.
(彼女は怠惰な生活を拒み、毎日懸命に働いている。)

「坐食逸飽」の非難に福沢諭吉が反論

「坐食逸飽」は、福沢諭吉ふくざわゆきちの『文明論之概略』(1875年)の、昔からの租税の重さを論じた箇所に、次のように出てきます。

又古より世の識者と称する人の説に、農民は国の本なれども、工商の二民は僅に賦を出すか出さずして坐食逸飽、理に於てあるまじきことなりとて、頻に工商を咎れども、よく事実を詳にすれば、工商は決して逸民に非ず。
(昔から識者と呼ばれる人々は、農民は国の本であるのに、工商の二つの民は税をわずかに納めるか納めないかで、働かずに満ち足りて暮らしており道理に合わない、としきりに工商を責める。しかし事実を詳しく見れば、工商は決して遊んで暮らす民ではない。)

「坐食逸飽」は工商を非難する側の言葉として引かれており、福沢自身はその見方を退けています。
福沢は続けて、元手だけで暮らす富商ふしょうがまれにいても、それは広い田地を持って坐食する豪農ごうのうと変わらないと述べます。
そのうえで、国の財を生む者を農工商、生まない者を士族以上の治める側と分けました。
「坐食逸飽」と責められた工商を、福沢は財を生む側に数え入れました。

スポンサーリンク

コメント

URLをコピーしました