大きな目標を掲げたものの、気がつけば人生の晩年や締め切り間際に差し掛かり、成し遂げるべきことがあまりに多く残っている。
そのような、焦燥感と無力感が入り混じった状況を、
「日暮れて道遠し」(ひくれてみちとおし)と言います。
若いうちは無限にあるように思えた時間も、いざ何かに没頭してみると、瞬く間に過ぎ去ってしまうものです。
この言葉は、単なる時間不足の嘆きだけでなく、理想と現実のギャップに苦しむ人間の切実な心境を映し出しています。
意味・教訓
「日暮れて道遠し」とは、期限や寿命が迫っているのに、果たすべき目的がまだ遠いことを意味します。
「日」は残り時間や寿命、「道」は目的地までの工程を指します。
単に作業が遅れているという状況だけでなく、「自分の老い」と「未完の志」を対比させて嘆く文脈で使われることが多い言葉です。
- 日:残り時間、寿命、人生の終盤
- 道:目標、成し遂げるべき仕事、目的地
語源・由来
「日暮れて道遠し」の語源は、中国の歴史書『史記』の「伍子胥列伝」に記された故事にあります。
春秋時代、呉の将軍であった伍子胥(ごししょ)は、父と兄を殺された復讐のため、敵国である楚の平王の墓を暴き、その遺体を三百回も鞭で打ちました。
あまりに過酷な復讐に、かつての友人が「道理に外れている」と批判した際、伍子胥はこう答えました。
「自分はもう日が暮れる(老いる)のに、道(復讐という目的)はまだ遠い。だからこそ、焦って道理に合わないことまで強引に行うのだ」
この言葉が転じて、時間が足りない焦りを表すようになりました。
日本では、この悲痛な覚悟が「江戸いろはかるた」の読み札に採用されたことで、庶民の間にも広く定着しました。
使い方・例文
「日暮れて道遠し」は、大きなプロジェクトの終盤や、人生の節目において「理想に追いつかない焦り」を表現する際に用いられます。
ビジネス一辺倒ではなく、学習や趣味、個人的な目標についても使われる表現です。
例文
- 定年退職を迎えてからようやく絵画の道に志したが、古今の名作を学ぶにつれ、まさに「日暮れて道遠し」の感を抱いている。
- 資格試験まであと一週間だというのに、参考書はまだ半分も終わっていない。
今の心境はまさに「日暮れて道遠し」だ。 - 「夏休みの宿題を最終日に泣きながらやるなんて、日暮れて道遠しを地で行っているわね」と母に笑われた。
- 彼は若くして成功を収めたが、本人は「やりたいことの百分の一もできていない。日暮れて道遠しだよ」と謙遜している。
文学作品での使用例
『行人』(夏目漱石)
主人公の兄である長野一郎が、自身の精神的な苦悩や学問への姿勢について語る文脈で、この言葉が登場します。
「自分はまだ何もしない。何もしないうちに、もう死ぬ時期が近づいて来る。日暮れて道遠しの感がある。」
類義語・関連語
「日暮れて道遠し」と似た意味を持つ言葉には、以下のものがあります。
- 日暮途遠(にっぽとえん):
意味は全く同じです。
伍子胥の言葉をそのまま四字熟語にしたもので、より硬い表現として使われます。 - 光陰矢の如し(こういんやのごとし):
月日が経つのが非常に早いことの例え。
「日暮れて道遠し」の前提となる「時間の経過の早さ」を強調する際に関連して使われます。
対義語
「日暮れて道遠し」とは対照的な意味を持つ言葉は、以下の通りです。
- 前途洋々(ぜんとようよう):
今後の人生や道のりが、希望に満ち溢れていること。
行く先に不安がなく、可能性が広がっている状況を指します。 - 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく):
ゆとりがあって、ゆったりと構えている様子。
時間が足りなくて焦る「日暮れて道遠し」とは正反対の状態です。
英語表現
「日暮れて道遠し」を英語で表現する場合、以下のフレーズが適しています。
So much to do, so little time.
- 意味:「やるべきことが多すぎて、時間が少なすぎる。」
- 解説:日常会話でも非常によく使われる表現で、物理的な時間不足を嘆くニュアンスが「日暮れて道遠し」と合致しています。
- 例文:
I have only three days until the deadline. So much to do, so little time!
(締め切りまであと三日しかない。まさに日暮れて道遠しだ!)
Art is long, life is short.
- 意味:「術(芸)は長く、命は短い。」
- 解説:ギリシャのヒポクラテスの言葉に由来します。
「学ばなければならない技術は膨大だが、人生はあまりに短い」という嘆きであり、特に専門的な分野や芸の道を志す際の「日暮れて道遠し」のニュアンスに極めて近いです。 - 例文:
No matter how hard I study, I feel art is long and life is short.
(どんなに勉強しても、芸の道は遠く人生は短いと感じる。)
まとめ
「日暮れて道遠し」は、私たちが有限な時間の中で生きていることを改めて認識させてくれる言葉です。
焦りや後悔を感じることは、それだけ高い理想や目標を持っている証拠でもあります。
物理的な時間は限られていても、この言葉を噛み締めながら今できる最善を尽くすことで、悔いのない道のりを歩む一助になることでしょう。





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