意味
「光陰矢の如し(こういんやのごとし)」とは、時の流れは、まるで放たれた矢のようにあっという間に過ぎ去るという意味です。
「光」は日(太陽)、「陰」は月を指し、あわせて「歳月」や「時間」を象徴しています。
月日がたつのが早いことを表すたとえで、「だから時間を無駄にしてはいけない」という戒めを込めて使うこともあります。
語源・由来
「光陰矢の如し」は、10世紀ごろ以降の中国の詩や文章によく出てくる表現に由来します。
古くから時間を「光」と「陰」で表す習慣がありました。
唐の詩人・韋荘の「関河道中」には「但だ見る、時光の流るること箭に似たるを」という一句があり、時の流れを矢にたとえています。
こうした比喩が日本に伝わり、「光陰矢の如し」の形でことわざとして使われるようになりました。
使い方・例文
時の流れの速さに驚く場面や、時間の貴重さを説く場面で使用されます。
例文
- 入学式から卒業まで、光陰矢の如しであっという間だった。
- 光陰矢の如しと言うから、一日一日を大切に努力したい。
- 楽しい休暇も終わりか。まさに光陰矢の如しだ。
- 子供の成長を見るにつけ、光陰矢の如しを実感する。
類義語・関連語
「光陰矢の如し」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 歳月人を待たず(さいげつひとをまたず):
時間は人の都合にかかわらず過ぎるため、好機を逃すなという戒め。 - 白駒の隙を過ぐるが如し(はっくのげきをすぐるがごとし):
月日の流れが極めて速いことの例え。 - 時は金なり(ときはかねなり):
時間は金銭と同じように貴重なものであるという教え。 - 一刻千金(いっこくせんきん):
わずかな時間でも千金に値するほど大きな価値があること。
対義語
「光陰矢の如し」とは対照的に、時間が長く感じられる様子を表す言葉は以下の通りです。
- 一日千秋(いちじつせんしゅう):
一日が千年のように長く感じられるほど、何かを待ち焦がれること。 - 三秋の思い(さんしゅうのおもい):
わずかな時間でも、三回の秋(三年間)を過ごすほどに長く感じること。
英語表現
「光陰矢の如し」を英語で表現する場合、以下の定型句が適切です。
Time flies
「光陰矢の如し」の最も一般的で簡潔な表現です。
「時は飛ぶように過ぎる」
“Time flies like an arrow.” という形は主に文の構造のあいまいさを示す例文として知られており、日常的には “Time flies.” だけで「あっという間」というニュアンスを十分に伝えられます。
I can’t believe it’s already Monday. Time flies.
(もう月曜日だなんて信じられない。光陰矢の如しだね。)
『盲目物語』は9年を矢のようにも長くも語る
谷崎潤一郎の小説『盲目物語』(1931年)は、織田信長の妹・お市の方に仕えた盲目の按摩が、昔を語る形で書かれています。
物語の中でお市の方は、小谷の城が落ちたあと実家の清洲の城に移り、信長が亡くなる年の秋まで、まる9年ほどを静かに暮らします。
語り手はこの9年を振り返って、「まことに光陰は矢のごとしとやら、すぎ去ってみればなるほどそうでござりますけれども」と言います。
(いかにも月日は矢のように速いとやら、過ぎてしまえばなるほどそのとおりでございますけれども)
こうして「光陰は矢のごとし」を認めたうえで、合戦とも縁のないひっそりした暮らしでは「九年というものはずいぶんなごうござります」と言い添えています。















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