意味
「人間到る処青山有り(にんげんいたるところせいざんあり)」とは、墓所を指す「青山」は人の世のどこにでもあることから、骨を埋める覚悟さえあれば、力を尽くせる場所は故郷の外にいくらでもあるという意味です。
この言葉の本来の読み方は「人間(じんかん)到る処青山有り」ですが、現在では一般的に「人間(にんげん)」と読むことが定着しています。
- 人間(じんかん/にんげん):人の住む世の中。世間。
- 青山(せいざん):草木の茂る山。ここでは骨を埋める場所。
語源・由来
「人間到る処青山有り」の語源は、幕末の僧侶・釈月性が詠んだ漢詩『将に東遊せんとして壁に題す』の一節です。
周防国遠崎村(現在の山口県柳井市)の僧だった月性は、天保14年(1843年)、27歳のときに学問を修めるため郷里を離れ、大坂へ向かいました。
その旅立ちに際して壁に書き記したのがこの詩で、題の「壁に題す」はそのことを表しています。
詩では、男子が志を立てて郷里を出る以上、学問が成就しなければ死んでも帰らない、骨を埋める場所をどうして故郷の墓地に限ろうか、世の中にはどこにでも青山があるのだから、と詠まれています。
この詩は明治以降、新しい時代を切り拓こうとする若者たちの間で広く愛唱され、座右の銘として定着しました。
使い方・例文
人生の大きな転換期において、退路を断つ覚悟を述べる際や、未知の世界へ踏み出す人の背中を押す文脈で使用されます。
- 第一志望の大学は遠方だが、人間到る処青山有りの精神で親元を離れる決心をした。
- 海外赴任を命じられた彼は、人間到る処青山有りと笑って単身渡米した。
- 失敗を恐れる私に祖父は「人間到る処青山有り。やり直しはきく」と言った。
誤用・注意点
この言葉を用いる際に最も注意すべきは、読み方と対象です。
読み方の使い分け
本来の漢詩のルールに基づけば「人間(じんかん)」が正解です。
しかし、現代では「人間(にんげん)」と読むのが一般的であり、どちらを使っても間違いではありません。
専門的な場では、本来の読み方である「じんかん」を用いるのがより望ましいとされています。
使用する相手への配慮
「死に場所」を連想させる言葉であるため、病床にある人や、高齢の方に対して使うのは適切ではありません。
あくまで「新しい挑戦」や「前向きな門出」を祝う場面で使うのが正解です。
類義語・関連語
「人間到る処青山有り」と似た志や状況を指す言葉を紹介します。
- 男児志を立てて郷関を出ず(だんじこころざしをたててきょうかんをいず):
月性の詩の冒頭部分。
志を立てて故郷を出るからには、学問を成し遂げるまでは帰らないという強い決意。 - 志ある者は事竟に成る(こころざしあるものはことついになる):
強い意志を持って努力を続ければ、最後には必ず成功するという教訓。 - 住めば都(すめばみやこ):
どんなに不便な土地でも、住み慣れてしまえばそこが一番良い場所に思えるということ。
対義語
この言葉とは対照的に、故郷を忘れず思い続けることを示す言葉です。
- 狐死して丘に首す(きつねししてきゅうにしゅす):
狐は死ぬとき、すみかだった丘の方へ首を向けるということから、故郷を忘れないことのたとえ。
「狐死首丘」ともいう。
英語表現
英語では、広い世界へ出ていく人を励ます次の表現が近い意味で使われます。
The world is your oyster
直訳は「世界はあなたの思いのままだ」で、シェイクスピアの『ウィンザーの陽気な女房たち』で、ピストルがフォルスタッフに言い放つ「the world’s mine oyster, Which I with sword will open(世界は俺の牡蠣だ、剣でこじ開けてやる)」が由来。
閉じた牡蠣をこじ開けるように、自分の手で好機をつかみ取るという含みがある。
Go ahead and take the challenge. The world is your oyster.
(さあ、挑戦しなさい。世界は君の思いのままだから。)
「人間到る処青山有り」の作者・月性は「海防僧」と呼ばれた
「人間到る処青山有り」の詩を残した月性は、嘉永元年(1848年)、生家の妙円寺の境内に私塾「清狂草堂」を開きました。
この塾は「西の松下村塾、東の清狂草堂」と並び称されています。
久坂玄瑞は月性を兄のように慕い、その勧めで吉田松陰の松下村塾に学びました。
安政3年(1856年)には西本願寺に招かれて京都へ上り、攘夷を説いたほか、紀州藩へ赴いて海防を訴えるなど、外国への備えを説き続けたことから「海防僧」と呼ばれました。
安政5年(1858年)、42歳で病没しています。










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