予期せぬ困難に直面し、周囲が動揺しているときでも、一人冷静に状況を受け止めて毅然(きぜん)と立ち振る舞う。
そんな心がしっかりしていて物事にひるまない様子や、頼りがいがあって安心できる性質を、
「気丈夫」(きじょうぶ)と言います。
意味・教訓
「気丈夫」とは、心がしっかりしていて、困難な状況でもひるまず、しっかりしていることを指します。
また、そのような人がそばにいることで、周囲の人が「心強い」と感じる安心感を含めて使われることもあります。
単に「気が強い」というだけでなく、精神的な安定感や頼もしさに重点を置いた言葉です。
語源・由来
「気丈夫」は、心の動きを表す「気」と、頑丈であることを意味する「丈夫(じょうぶ)」が組み合わさってできた言葉です。
「丈夫」という言葉は、もともと古代中国の単位である「丈(じょう)」と「夫(ふ)」が組み合わさり、身長が1丈(当時の約225センチメートル)ある立派な成人男性を「丈夫(じょうふ)」と呼んだことに由来します。
そこから転じて「体が頑健であること」「壊れにくいこと」を意味するようになり、さらに日本で「気がしっかりしている」という内面的な強さを指すようになりました。
誰かに頼らなくても自分一人でしっかりと立っていられる精神的な強さを、健康な体や壊れない構造に例えた表現です。
使い方・例文
悲しみや困難の中でも自分を失わない人を形容する場合や、頼もしい存在に支えられて安心した場面で使われます。
例文
- 突然の停電で泣き出した妹に、兄が気丈夫に声をかけて安心させた。
- 彼女は気丈夫な性格で、逆境に立たされるほどその真価を発揮する。
- 「私がついているから大丈夫」という言葉に、誰もが気丈夫な思いをした。
- 被災地でテキパプリと指示を出すリーダーの気丈夫な姿に、勇気づけられた。
文学作品・メディアでの使用例
『三四郎』(夏目漱石)
上京した三四郎に対し、故郷の母が送った手紙の中で、自らの健勝ぶりと精神的な強さを伝える場面で使われています。
お母さんは気丈夫な女だから、決して三四郎の後ろ指を指されるようなことはしない。
誤用・注意点
「気丈夫」と似た言葉に「気が強い」がありますが、相手に与える印象が異なります。
- 「気丈夫」は、困難に際して心が折れない「頼もしさ」を指し、常に肯定的に使われます。
- 「気が強い」は、負けず嫌いや強情といった「勝気さ」を指し、文脈によっては否定的に捉えられることがあります。
相手を褒める際に「気が強いですね」と言うと誤解を招く恐れがありますが、「気丈夫ですね」は精神的な自立心や頼もしさを称える最大限の敬意として伝わります。
類義語・関連語
「気丈夫」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 心強い(こころづよい):
頼りになるものがあって、安心できる様子。 - 剛毅(ごうき):
意志が強く、物事に屈しないこと。 - 毅然(きぜん):
意志が強く、しっかりした態度でいること。 - 不屈(ふくつ):
どんな困難に直面しても、志を曲げないこと。
対義語
「気丈夫」とは対照的な意味を持つ言葉は以下の通りです。
- 気弱(きよわ):
心が弱く、物事にひるみやすいこと。 - 小心(しょうしん):
気が小さく、臆病なこと。 - 心細い(こころぼそい):
頼りなく、なんとなく不安な様子。
英語表現
「気丈夫」を英語で表現する場合、精神的な強さや安心感を表す言葉が使われます。
Stouthearted
「勇敢な」「不屈の心を持った」
直訳すると「強い心臓を持った」となり、困難な状況でも屈しない気丈夫な人を指すのに適した表現です。
- 例文:
She is a stouthearted woman who never gives up.
(彼女は決して諦めない気丈夫な女性だ。)
Reassuring
「安心させる」「心強い」
その人がいることで周りが安心できるという「頼もしさ」に焦点を当てた言葉です。
- 例文:
His presence was very reassuring to the team.
(彼がいることは、チームにとって非常に気丈夫なことだった。)
豆知識:なぜ「丈」夫なのか
「気丈夫」に含まれる「丈」は、もともとは長さを表す単位です。
古代中国において、1丈は約225センチメートルほどを指し、そこから「非常に背の高い、立派な男性」のことを「丈夫(じょうふ)」と呼びました。
現代で「丈夫」と言えば「壊れないこと」を意味しますが、語源を辿れば「大男のように強くて逞しい」というイメージが根底にあります。
「気丈夫」という言葉には、目に見えない心が、まるで巨人のように大きくどっしりと構えているというニュアンスが込められているのです。
まとめ
「気丈夫」という言葉は、単に力が強いことではなく、嵐の中でも揺らぐことのない「心の柱」を持っていることを意味します。
不安な状況下において、自分自身が気丈夫であること、そして誰かにとって気丈夫な存在であることは、大きな価値があると言えるでしょう。
不器用であっても、少しずつ経験を積み、自分の心を太く育てていく。
そんな歩みの先に、真の気丈夫さが宿るのかもしれません。






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