故事成語 三字熟語

千里眼

(せんりがん)

遠方の出来事や将来の動き、物事の本質を鋭く見抜く力。


5文字の言葉 / 「せ・ぜ」から始まる言葉
千里眼 ことば
スポンサーリンク

意味

「千里眼(せんりがん)」とは、遠方の出来事や、将来のことを見通す超自然的な能力、あるいは物事の本質や裏側を鋭く見抜く洞察力(どうさつりょく)を指します。
文字どおりの「居ながらにして千里先の出来事を見る能力」のほか、「先見の明があること」や「人の心や隠しごとを見抜く勘の鋭さ」のたとえとしても使われます。

  • 千(せん):非常に多い数、はるかな距離。
  • 里(り):距離の単位(一里は約四キロメートル)。
  • 眼(がん):目、見抜く力。

つまり、「はるか遠くまで見通す目」というのがこの言葉の根幹です。

語源・由来

「千里眼」の由来には、中国の歴史書に記された実話と、神話的な伝説の二つの側面があります。

中国の歴史書『魏書ぎしょ』の巻五十八には、光州こうしゅうの長官を務めた楊逸よういつの逸話(いつわ)が記されています。
楊逸は各地に耳目(じもく)となる者を置いて部下の行いを見張っていたため、使いに出た兵や役人は、人目のない暗い部屋で食事を勧められても決して口にしませんでした。
人々は「楊長官には千里眼がある。どうして欺けようか」と言い合ったといいます。
この故事が「千里眼」という言葉の由来とされています。

一方で、中国の航海の守護神である媽祖まそを護衛(ごえい)する鬼神(きしん)の伝説も広く知られています。
媽祖の脇に控える緑色の鬼が「千里眼」であり、あらゆる場所を見渡して災難をいち早く見つける役割を担っています。
対になる赤い鬼は、遠くの音を聞き分ける「順風耳じゅんぷうじ」です。

使い方・例文

ビジネスにおける市場予測(しじょうよそく)から、家族の間での鋭い勘に至るまで、幅広いシーンで「並外れた見通す力」を称賛(しょうさん)する際に使われます。

例文

  • 市場の低迷を数年前から予見していた彼の経営判断は、まさに千里眼だ。
  • 母親には嘘が通じない。隠したテストの点数までお見通しの千里眼の持ち主だ。
  • レーダー技術の向上で、夜間や濃霧でも周囲を見通す現代の千里眼が完成した。
  • わずかな違和感から不正な資金の流れを突き止めた監査役の千里眼が会社を救った。

誤用・注意点

「千里眼」は、あくまで「見えないはずのものを見通す」という特別な能力に対して使う言葉です。

  • 身体的な視力の良さには使わない:
    看板の文字が遠くからはっきり見える、といった物理的な視力の良さに対しては、単に「目が良い」や「遠目が利く」と言います。
  • ビジネスでの注意:
    非常にポジティブな称賛として使われますが、文脈によっては「見透かされているようで恐ろしい」という畏怖(いふ)の念が含まれることもあります。
スポンサーリンク

類義語・関連語

「千里眼」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。

  • 慧眼(けいがん):
    物事の本質や将来の動向を鋭く見抜く眼力。
  • 先見の明(せんけんのめい):
    将来どうなるかをあらかじめ見抜く賢さ。
  • 天眼通(てんげんつう):
    仏教用語。世の中のすべての事象(じしょう)を見通す超人的な能力のこと。
  • 洞察力(どうさつりょく):
    目に見えない部分まで見抜く力。
  • 透視(とうし):
    遮蔽物(しゃへいぶつ)に隠された中身などを見る超能力。

対義語

「千里眼」とは対照的な意味を持つ言葉は以下の通りです。

  • 節穴(ふしあな):
    見る能力がないこと。本来見えるはずのものが見えていないこと。
  • 近視眼的(きんしがんてき):
    目先のことにとらわれ、全体や将来が見えていない様子。

英語表現

「千里眼」を英語で表現する場合、超能力としての表現と、先見性を表す表現があります。

clairvoyance

フランス語由来で「明快に見る力」を意味します。
超能力としての千里眼を指す最も一般的な単語です。

She is said to possess the power of clairvoyance.
(彼女は千里眼の能力を持っていると言われている。)

foresight

「先見の明」「将来の見通し」
ビジネスシーンなどで、将来の動きを予見する知的な能力を指して使われます。

His foresight saved the company from bankruptcy.
(彼の千里眼が会社を倒産から救った。)

明治末の透視実験、新聞をにぎわせた「千里眼問題」

日本で初めて超心理学の研究が行われたとき、透視のような現象を指す言葉として使われたのが「千里眼」でした。
1910年(明治43年)、東京帝国大学の心理学者福来友吉ふくらいともきちは、熊本の御船千鶴子みふねちづこを相手に透視の研究を始めます。
千鶴子ちづこは同じ年の9月に上京し、東京帝大の博士たちの前で透視を試みましたが、結果は半ば成功、半ば失敗でした。

物理学者たちも別に実験を行い、1911年にその経過を『千里眼実験録』と題して発表しました。
能力者や実験の様子は新聞などで大きく報じられ、一連の騒ぎは「千里眼問題」と呼ばれて世間の注目を集めます。
千鶴子ちづこは学者や新聞から疑いの目を向けられるなか、1911年1月に自ら命を絶ちました。

福来ふくらいは1913年に『透視と念写ねんしゃ』を著して透視は実験で確かめられたと主張しましたが、物理学者たちとの間で結論は出ませんでした。
遠くの物事を見通す力を言う「千里眼」は、この騒ぎの中で、透視という特定の能力を指す言葉として新聞や世間で使われました。

スポンサーリンク

コメント

URLをコピーしました