どちらも素晴らしくて選べないという、嬉しい悲鳴を上げた経験。
美しい花々、魅力的な商品、あるいは才能あふれる人々を前にして、どれか一つを選ぶのに迷ってしまったことはないでしょうか。
そんな贅沢な悩みを抱えた状況で使われるのが、
「いずれ菖蒲か杜若」(いずれあやめかかきつばた)という言葉です。
日本の伝統的な美意識と、歴史的な物語が込められたこの言葉について、その意味や由来、そして実際の花の見分け方まで、詳しく解説していきます。
意味
「いずれ菖蒲か杜若」とは、二つのものがどちらも優れていて、優劣をつけにくく、選択に迷うことのたとえです。
もともとは、「どちらも美しい二人の女性」を評する言葉として使われてきましたが、現在では人物に限らず、作品、商品、アイデアなど、優れたものが並んでいて甲乙つけがたい状況全般に使われます。
「区別がつかないほど似ている」という意味も含みますが、基本的には「どちらも良くて選べない」という肯定的な褒め言葉として用いられます。
語源・由来
「いずれ菖蒲か杜若」の由来は、平安時代末期の武将・源頼政(みなもとのよりまさ)にまつわる伝説と、植物の性質の両面から語られます。
源頼政と菖蒲御前の伝説
『太平記』などに記された逸話として、次のような物語が広く知られています。
時の権力者である鳥羽院(とばいん)が、鵺(ぬえ)退治で功績を挙げた源頼政に、褒美として美しい女官「菖蒲御前(あやめのまえ)」を与えることにしました。
しかし、院はいたずら心を起こし、菖蒲御前とよく似た美女二人を並べ、合計三人の中から「本物の菖蒲御前を見事選び出せば与えよう」と難題を出します。
三人とも甲乙つけがたい美女で、遠目には区別がつかず、頼政は困り果ててしまいます。
そこで頼政は、今の心情を歌に詠んで答えとしました。
「五月雨に 沼の石垣 水こえて 何かあやめ 引きぞわづらふ」
(五月雨で沼の水が増し、石垣も隠れてどれがどれやら区別がつきません。同様に、どの姫君が菖蒲御前なのか、私には引き当てることなどできません)
この「あやめ」には、「菖蒲」と「文目(=区別)」が掛けられています。
この見事な歌に感心した院は、頼政に本物の菖蒲御前を賜りました。この故事が転じて、どれも美しくて選べない状況を指すようになったと言われています。
使い方・例文
日常会話からビジネスシーンまで、二つの選択肢がどちらも魅力的である場合に使われます。
- 人物評価:美人姉妹や、実力の伯仲したライバルを評する時。
- 選択の場面:料理のメニュー、旅行先、買い物などで迷う時。
- ビジネス:二つの優れた企画案や、採用候補者を比較検討する時。
例文
- 最終選考に残った二人の作品は、どちらも独創的で完成度が高く、審査員一同「いずれ菖蒲か杜若」と頭を抱えている。
- 姉は清楚な美人、妹は華やかな美人。まさに「いずれ菖蒲か杜若」の姉妹だ。
- この旅館の懐石料理は、メインの肉料理も魚料理も絶品で、「いずれ菖蒲か杜若」、どちらから箸をつけるか迷ってしまう。
誤用・注意点
「どっちもどっち」との混同に注意
この言葉は「どちらも優れている」というポジティブな意味で使います。
「目くそ鼻くそを笑う」や「五十歩百歩」のように、「どちらも低レベルで大差ない」というネガティブな意味(どっこいどっこい)で使うのは誤りです。
漢字の書き間違い
- 誤:いずれ菖蒲か燕子花
- 正:いずれ菖蒲か杜若
植物の「カキツバタ」は漢字で「燕子花」とも書きますが、この慣用句においては伝統的に「杜若」の字が当てられます。
類義語・関連語
「いずれ菖蒲か杜若」と同様に、優劣がつけがたい素晴らしさを表す言葉には以下のようなものがあります。
- 春蘭秋菊(しゅんらんしゅうぎく):
春の蘭と秋の菊。どちらも美しく、優劣がつけがたいことのたとえ。 - 兄たり難く弟たり難し(けいたりかたくていたりかたし):
二人の実力が接近しており、どちらを兄(上)とし、どちらを弟(下)とするか決められないこと。 - 甲乙つけがたい(こうおつつけがたい):
どちらが第一席(甲)で、どちらが第二席(乙)か、順位をつけるのが難しいこと。 - 伯仲(はくちゅう):
力や能力が釣り合っていて、優劣がないこと。
対義語
二つのものに大きな差があることを示す言葉です。
- 月とスッポン:
どちらも丸いが、比較にならないほど価値や性質がかけ離れていること。 - 雲泥の差(うんでいのさ):
天の雲と地の泥ほども大きな違いがあること。 - 提灯に釣鐘(ちょうちんにつりがね):
形は似ていても、重さや材質が全く釣り合わないこと。
英語表現
「いずれ菖蒲か杜若」のニュアンスに近い英語表現です。
Hard to choose between them
- 意味:「それらの間で選ぶのは難しい」
- 解説:どちらも魅力的で選べない状況を率直に伝える表現です。
- 例文:
Both dresses look great on you. It’s hard to choose between them.
(どちらのドレスもよく似合っていて、選ぶのが難しいわ。)
Six of one and half a dozen of the other
- 直訳:一方が6つで、他方が半ダース(=6つ)
- 意味:「似たり寄ったり」「大差ない」
- 解説:数として同じであることから、違いがほとんどないことを指します。
文脈によっては「どっちもどっち」というニュアンスになることもあるため、褒め言葉として使う際は注意が必要です。
植物の見分け方(豆知識)

言葉の由来となった「菖蒲(あやめ)」と「杜若(かきつばた)」。
さらに似ている「花菖蒲(はなしょうぶ)」も含め、実際の花を見分けるポイントをご紹介します。
観光や散策の際のちょっとした話題になるでしょう。
- 菖蒲(あやめ)
- 場所:乾いた土地(畑や草原)に咲く。
- 特徴:花びらの根元に「網目模様」がある。(これが文目=アヤメの名の由来とも)
- 時期:5月上旬〜中旬頃。
- 杜若(かきつばた)
- 場所:水辺(湿地)に咲く。
- 特徴:花びらの根元に「白い筋」が一本入っている。
- 時期:5月中旬〜下旬頃。
- 花菖蒲(はなしょうぶ)
- 場所:水辺や湿地に咲く。
- 特徴:花びらの根元に「黄色い筋」が入っている。種類が豊富。
- 時期:6月頃。
「乾いた土地の網目」「水辺の白筋」「水辺の黄筋」。
このポイントさえ押さえておけば、もう「いずれ菖蒲か杜若」と迷うことはないかもしれません。
まとめ
「いずれ菖蒲か杜若」は、源頼政の伝説と、日本古来の美しい花々の姿が重なり合って生まれた、風流な言葉です。
人生には、どちらを選んでも正解と思えるような、素晴らしい選択肢に出会う瞬間があります。
そんな時、この言葉を思い出して「なんて贅沢な悩みだろう」と楽しむ余裕を持てれば、迷っている時間さえも豊かに感じられることでしょう。







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