四字熟語

廃仏毀釈

(はいぶつきしゃく)

明治初期に起こった、仏教を廃止し釈迦の教えを棄却しようとした仏教排斥運動。


8文字の言葉 / 「は・ば・ぱ」から始まる言葉
廃仏毀釈 ことば
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意味

「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」とは、明治時代の初め、神道を国の宗教として重んじる政策のもとで仏教が排斥され、各地の寺院や仏像が破壊された動きを指す四字熟語です。
単なる思想や主張ではなく、実際に寺院・仏像・仏具が壊された歴史的な出来事を表す言葉です。

  • 廃仏(はいぶつ):仏教を廃止すること。
  • 毀釈(きしゃく):釈迦の教えを壊すこと。

語源・由来

「廃仏毀釈」は、慶応4年(1868年。同年9月に明治と改元されました)3月に太政官が出した神仏分離令(神仏判然令)をきっかけに広がった動きです。この法令自体は、神社から仏像や仏具など仏教的な要素を取り除き、神道と仏教をはっきり分けることを命じたもので、寺院や仏像の破壊を直接命じたものではありませんでした。
ところが、これを機に各地の神官や国学者たちが行き過ぎた解釈で寺院・仏像・仏具・経巻を焼き払い、隠岐や津和野藩、苗木藩、佐渡などでは特に激しい破壊が起こりました。明治政府はやがてこの動きを問題視し、明治3年(1870年)ごろから行き過ぎた廃仏を抑える方向に転じています。

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使い方・例文

「廃仏毀釈」は、主に日本史や仏教史を語る文脈で使われる言葉です。

  • 明治初期の廃仏毀釈によって、多くの貴重な仏像が失われた。
  • この寺院は廃仏毀釈の際に焼失し、後年になって再建された。

水戸藩ではすでに寺の半数が壊されていた

廃仏毀釈が全国的な運動になる直接のきっかけは、1868年(明治元年)に明治新政府が出した神仏分離令(神仏判然令)です。
神社から仏教的な要素を取り除くことを求めたこの法令が、各地で寺院や仏像を破壊する動きへと拡大していきました。

実はこれより前、江戸時代の水戸藩ではすでに同様の動きが起きています。
1666年(寛文6年)、藩主徳川光圀のもとで領内の寺院の整理が行われ、ほぼ半数の寺院が破却されました。
この水戸藩の先例は、明治初年の宗教政策の思想的な源流の一つと考えられています。

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