意味
告朔餼羊とは、意味を失った儀礼であっても、なくしてしまわずに残しておけば、いつか本来の心を思い出すよすがになるという意味です。
形だけを見て軽々しく切り捨てることを戒める言葉です。
- 告朔(こくさく):毎月一日に祖先の廟へ新月を告げ、政務を報告した周代の儀式。
- 餼羊(きよう):儀式に供える生きた羊。
語源・由来
「告朔餼羊」は、『論語』八佾篇に見える孔子と弟子・子貢のやり取りに由来します。
魯の国では、告朔の儀式が形骸化し、君主が実際に臨席することはなくなり、ただ供物の羊を供えるだけの儀礼になっていました。
子貢はその無意味さを見て、供物の羊さえも廃止しようと考えましたが、孔子は「賜(子貢の名)よ、お前はその羊を惜しむが、私はその礼を惜しむ」(爾愛其羊、我愛其礼)と諭したと伝えられています。
形式だけでも残しておけば、いつか儀礼本来の精神が取り戻される可能性があるが、形式そのものを失えばその手がかりすら失われてしまう、という孔子の考えを伝える言葉として後世に広まりました。
使い方・例文
「告朔餼羊」は、形式化した慣習や儀礼をあえて残す姿勢を表す際に使われます。
- 形だけの朝礼でも、告朔餼羊の考えで存続させることにした。
- 意味を失った年中行事だが、告朔餼羊の思いであえて続けている。
- 上司は告朔餼羊を引き合いに、旧習の廃止に慎重な姿勢を示した。
型破りな実務家、子貢という人物
羊の無駄を指摘した子貢は、孔門十哲に数えられる孔子の高弟の一人です。
紀元前520年ごろに衛で生まれ、孔子より三十歳ほど年下の弟子にあたります。
弁舌に優れ、魯や斉で外交手腕を発揮して宰相まで務めたとされ、商才にも恵まれ、孔子の弟子の中でもっとも裕福な人物だったと伝えられています。
孔門十哲では「言語」、つまり弁論や応対にすぐれた者として挙げられています。
孔子の死後は、弟子たちを実質的にまとめる役割も担ったとされています。











コメント