『論語』は、『史記』と並んで日本語のことわざ・故事成語の出典に名前が挙がる書物です。
温故知新、巧言令色、克己復礼といった、学校で習う四字熟語の多くがこの一冊に行き着きます。
『史記』のような物語ではなく、短い言葉の積み重ねでできたこの書物の姿を先にたどり、そのうえで『論語』の記述から生まれた言葉34語を、テーマごとにまとめました。
『論語』とはどんな書物か
『論語』は、孔子と弟子たちの言葉や振る舞いを書き留めた書物です。
全20篇、512の短い章からなり、それぞれの篇の名前は、内容とは関係なく、篇の最初の二文字(または三文字)を取っただけのものです。
「学而」「為政」のような篇名は、いわば見出しではなく通し番号のようなものにすぎません。

実際の姿を伝えるものではなく、後世の想像による伝統的な肖像画。
物語ではなく、断片の集まり
司馬遷が一人で書き上げた『史記』と違い、『論語』は孔子自身が書いたものではありません。
孔子の死後、弟子や孫弟子たちが記憶や記録を持ち寄って編んだとされ、編纂者については子夏ら弟子たちとする説、曾参(曾子とも)の弟子たちとする説など、複数の言い伝えが残っています。
そのため『論語』には長い物語がなく、代わりに「子曰く」で始まる短い言葉と、弟子との一問一答が延々と積み重なっています。
一つの章が生んだ言葉が、内容の異なるいくつもの四字熟語やことわざに分かれていることも珍しくありません。
「論語」という名前が定着するまで
前漢の初め、魯の国に伝わった魯論(20篇)、斉の国に伝わった斉論(22篇)、孔子の旧宅の壁から見つかった古論(21篇)という、系統の異なる3種の本文が存在していました。
これらが整理され、「論語」という書名が定着したのは前漢の宣帝・元帝の頃とされています。
その後、南宋の朱子が『論語』を『孟子』『大学』『中庸』と並ぶ「四書」の一つに位置づけたことで、以後の中国・日本で最も基本的な教養書としての地位を固めました。
『論語』の記述から生まれた言葉34語
『論語』に書かれた孔子や弟子たちの言葉が、そのまま日本語の言い回しになったものを集めました。
物語ではなくテーマの異なる断片の集まりという性質上、人物ごとではなくテーマごとに分けています。
学ぶ姿勢をめぐる8語
- 温故知新(おんこちしん):
昔の物事を研究し、そこから新しい知識や道理を見つけ出すこと。
「為政」篇の「故きを温ねて新しきを知れば、以て師と為るべし」から。 - 後生畏るべし(こうせいおそるべし):
若い世代はこれからどれだけ伸びるか分からないので、あなどってはいけないという教え。
「子罕」篇の「後生畏るべし。焉んぞ来者の今に如かざるを知らんや」から。 - 博学篤志(はくがくとくし):
広く学問に励んで知識を豊かにし、かつ熱心に志を貫くこと。
「子張」篇にある、弟子・子夏の言葉から。 - 下問を恥じず(かもんをはじず):
年下や地位の低い人に教えを請うのを恥と思わない謙虚な姿勢。
「公冶長」篇で、孔子が衛の家臣・孔文子の学ぶ姿勢を評した「下問を恥じず」から。 - 朽木は雕るべからず(きゅうぼくはえるべからず):
根性の腐った者は、いくら教育しても無駄であること。
「公冶長」篇で、昼寝をしていた弟子・宰予(宰我とも)を孔子が見限った「朽木は雕るべからず」から。 - 道聴塗説(どうちょうとせつ):
よく理解しないまま聞きかじった話を、すぐに他人へ話してしまうこと。
「陽貨」篇の「道に聴きて塗に説くは、徳を之れ棄つるなり」から。 - 下学上達(かがくじょうたつ):
手近なところから学び始め、次第に高く深い道理へと至ること。
「憲問」篇で、自分を理解してくれる者がいないと嘆く孔子が「下学して上達す」と続けた言葉から。 - 四十にして惑わず(しじゅうにしてまどわず):
四十歳になれば、物事の判断に迷わなくなるということ。
「四十不惑」とも。「為政」篇で孔子が自身の生涯を振り返った「吾十有五にして学に志す、三十にして立つ、四十にして惑わず」の一節から。
言葉と行いをめぐる3語
- 巧言令色(こうげんれいしょく):
言葉を巧みに飾り、顔色を作って人にこびへつらうこと。
「学而」篇と「陽貨」篇の2箇所に出てくる「巧言令色、鮮なし仁」から。 - 剛毅朴訥(ごうきぼくとつ):
意志が強く、飾り気がなく口数が少ない、誠実な人柄のこと。
「子路」篇の「剛毅木訥、仁に近し」から。 - 過ちては改むるに憚ること勿れ(あやまちてはあらたむるにはばかることなかれ):
間違いを犯したと気づいたなら、メンツやプライドにこだわらず即座に改めるべきであるということ。
「学而」篇と「子罕」篇の2箇所に出てくる「過てば則ち改むるに憚ること勿れ」から。
仁と君子のあり方をめぐる8語
- 克己復礼(こっきふくれい):
自分の私欲に打ち勝ち、社会の規範である礼にかなった行いに立ち返ること。
「顔淵」篇で、弟子の顔淵(顔回とも)に「仁とは何か」を問われた孔子の答え「己に克ちて礼に復るを仁と為す」から。 - 己の欲せざるところは人に施すこと勿れ(おのれのほっせざるところはひとにほどこすことなかれ):
自分が望まないことを、他人に対しても行ってはならないという教え。
「衛霊公」篇で、弟子・子貢に生涯守るべき一言を問われた孔子が「それは恕か」に続けて答えた言葉から。 - 文質彬彬(ぶんしつひんぴん):
外見の美しさと内面の実質とが、よく調和していること。
「雍也」篇の「質、文に勝てば則ち野。文、質に勝てば則ち史。文質彬彬として、然る後に君子なり」から。 - 造次顛沛(ぞうじてんぱい):
とっさの場合や、あわただしい瞬間のこと。
「里仁」篇の「君子は食を終うる間も仁に違うこと無し。造次にも必ず是に於いてし、顛沛にも必ず是に於いてす」から。 - 悪衣悪食(あくいあくしょく):
衣服や食事が粗末であること。
「里仁」篇の「士、道に志して、悪衣悪食を恥づる者は、未だ与に議るに足らず」から。 - 怪力乱神(かいりょくらんしん):
人間の知恵や常識では説明のつかない、不思議な力や現象、存在のこと。
「述而」篇の「子、怪力乱神を語らず」から。 - 暴虎馮河(ぼうこひょうが):
血気にはやって、向こう見ずに無謀な行動をすることのたとえ。
「述而」篇で、弟子・子路に大軍を率いるなら誰と行動を共にするかと問われた孔子が、虎に素手で立ち向かい黄河を歩いて渡るような者とは共にしないと答えた場面から。 - 怒りを遷す(いかりをうつす):
ある対象への怒りを、関係のない別の人や物に向けること。
「雍也」篇で、魯の君主・哀公に最も学問を好む弟子を問われた孔子が、亡くなった顔回を「怒りを遷さず、過ちを二度せず」と評した言葉から。
人づきあいと処世をめぐる9語
- 和而不同(わじふどう):
周囲と協調しつつも、道理に反することには同調しない姿勢。
「子路」篇の「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」から。 - 和を以て貴しとなす(わをもってとうとしとなす):
人々が仲良く協力し合うことが最も大切であるという教え。
「学而」篇にある、弟子・有子の言葉「礼の用は和を貴しとなす」から。 - 四海兄弟(しかいけいてい):
世界中の人々はみな兄弟のように親しくなるべきだということ。
「顔淵」篇で、親しい兄弟がいないと嘆く司馬牛に、弟子・子夏が「四海の内、皆兄弟なり」と慰めた言葉から。 - 温良恭倹(おんりょうきょうけん):
穏やかで素直、うやうやしく、つつましいこと。
「学而」篇で、弟子・子禽に孔子の人柄を問われた子貢が「温・良・恭・倹・譲、以て之を得たり」と答えた言葉から。 - 敬して遠ざける(けいしてとおざける):
表面上は敬意を払いながら、実際には関わりを持たないように距離を置くこと。
「雍也」篇で、弟子・樊遅に知恵とは何かを問われた孔子が「鬼神を敬してこれを遠ざく」と答えた言葉から。「敬して遠ざく」とも言う。 - 遠慮なければ近憂あり(えんりょなければきんゆうあり):
将来のことまで見通した深い考えがなければ、必ず身近なところに心配事が起こるということ。
「衛霊公」篇の「人、遠慮無ければ、必ず近憂有り」から。 - 既往は咎めず(きおうはとがめず):
終わってしまった過ちを、後からとやかく責めても仕方がないということ。
「八佾」篇で、魯の哀公と弟子・宰我の問答に続く「既往は咎めず」から。 - 告朔餼羊(こくさくきよう):
古くからの習慣や儀礼は、形だけになっていても、害がなければむやみに廃止すべきではないということ。また、実質を失って形式ばかりが残っていることのたとえ。
「八佾」篇で、弟子・子貢が告朔の儀式に供える羊を廃止しようとしたのを孔子が止めた話から。 - 益者三友(えきしゃさんゆう):
付き合って自分のためになる三種類の友のこと。正直な友、誠実な友、見聞の広い友を指す。
「季氏」篇の「益者三友、損者三友。友直、友諒、友多聞、益なり」から。
判断力と言行の評価をめぐる6語
- 一を聞いて十を知る(いちをきいてじゅうをしる):
物事の一部を見聞きしただけで、その全体像や本質を素早く理解すること。
「公冶長」篇で、弟子・子貢と顔回のどちらが優れているかを孔子が問うた場面から。 - 過ぎたるは猶及ばざるが如し(すぎたるはなおおよばざるがごとし):
度が過ぎることは、足りないことと同じくらい良くないという戒め。
「先進」篇で、二人の弟子のどちらが優れているかを子貢に問われた孔子が答えた「過ぎたるは猶及ばざるが如し」から。 - 朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり(あしたにみちをきかばゆうべにしすともかなり):
人として生きる正しい道理を知ることができれば、その日のうちに死んでも悔いはないということ。
「里仁」篇の「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」から。 - 牛刀をもって鶏を割く(ぎゅうとうをもってにわとりをさく):
小さな物事や課題を処理するために、不釣り合いで大げさな道具や手段を用いること。
「陽貨」篇で、小さな町を礼楽で治める弟子・子游を見た孔子が「鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん」と評した場面から。 - 莞爾一笑(かんじいっしょう):
にっこりと声を立てずに静かに微笑むこと。
上と同じ子游の場面で、孔子がこの言葉を発する直前に「莞爾として笑う」と書かれていることから。 - 飽食終日(ほうしょくしゅうじつ):
一日中お腹いっぱい食べ、頭も体も使わず怠けること。
「陽貨」篇の「飽くまで食らいて日を終え、心を用うる所無きは、難いかな」から。
『論語』に語の一部が出てくる言葉4語
次の言葉は、『論語』の記述がそのまま言葉になったものではありません。
語の一部だけが『論語』に出てくるもの、本文の内容を後世に四字へまとめたもの、『論語』の古い注釈書の言葉から出たもの、という関わり方です。
- 遠慮会釈(えんりょえしゃく):
相手への配慮や慎み深い態度のこと。
「遠慮」の部分が「衛霊公」篇の「人、遠慮無ければ、必ず近憂有り」に出てくる。「会釈」は仏教語に由来し、『論語』とは別の出どころを持つ。 - 以身作則(いしんさくそく):
自分自身の行動をもって、人々の模範を示すこと。
「子路」篇の「其の身正しければ、令せずして行われ、其の身正しからざれば、令すと雖も従わず」を、後世に四字へまとめた言い方であり、原文にこの四字がそのままあるわけではない。 - 四教(しきょう):
孔子が弟子に授けたとされる文・行・忠・信の四つの教え。
「述而」篇の「子、四つを以て教う。文、行、忠、信」に由来する。 - 神は非礼を受けず(かみはひれいをうけず):
礼儀や道理にはずれた願い事をいくら熱心に祈っても、神はそれを受け入れないということ。
「八佾」篇で、季氏が身分に見合わない祭祀を泰山で行ったことを孔子が嘆いた章に、古い注釈書『論語集解』が付けた注の言葉から。『論語』の本文にこの言い回しがあるわけではない。
『論語』という書物そのものを言った言葉
『論語』は長く読み継がれてきた分、書物そのものが言葉の題材になることもあります。
- 犬に論語(いぬにろんご):
道理の通じない相手に何を教えても、全く効果がないことのたとえ。
孔子の教えを集めた尊い書物であっても、理解する力のない相手には無意味だという発想から。 - 論語読みの論語知らず(ろんごよみのろんごしらず):
知識は豊富だが、その真意を理解せず実践が伴わないこと。
「論語読み」は江戸時代の儒者を指し、もとは実生活にうとい儒者を批判する言葉だった。 - 孔子に論語(こうしにろんご):
儒教の開祖である孔子に論語を説くように、その道の専門家に得意分野を教える愚かさのたとえ。
『論語』が孔子自身の言葉を弟子がまとめたものであることから生まれた言い回し。
『論語』が出典とされやすいが、そうでない言葉
孔子や『論語』は儒教の代名詞であるだけに、実際には別の出どころを持つ言葉まで結びつけられがちです。
- 剛毅果断(ごうきかだん):
強い意志を持ち、迷わず思い切って決断・実行すること。
「子路」篇の「剛毅木訥、仁に近し」(剛毅朴訥の由来)と混同されやすいが、「剛毅果断」という組み合わせ自体は『論語』に見当たらない。 - 天網恢恢疎にして漏らさず(てんもうかいかいそにしてもらさず):
天の網は目が粗いようでいて、悪事を働いた者を決して見逃さないという教え。
出典は『老子』で、『論語』の本文には無い。室町時代の『論語』の注釈書『論語抄』に、この句を引いた例がある。 - 君子危うきに近寄らず(くんしあやうきにちかよらず):
教養のある賢い人は、身を危険にさらすような行動は最初からとらないという教え。
「泰伯」篇に「危邦には入らず、乱邦には居らず」という近い趣旨の句があるが、この言い回しは漢籍から直接出たものではないとされる。 - 見ざる聞かざる言わざる(みざるきかざるいわざる):
災いを避けるため、自分に不都合なことや他人の欠点を見聞きせず言わないこと。
「顔淵」篇の「礼にあらざれば視るなかれ、礼にあらざれば聴くなかれ、礼にあらざれば言うなかれ」と形が似ている。「ざる」が「猿」に通じることから、目・耳・口をふさいだ3匹の猿の像(三猿)で表されてきた。三猿は、天台宗の教えを猿の形に託したのが始まりとする説がある。










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