論語とは?孔子と弟子の言葉から生まれた故事成語35語

古い石版風の見出しカード、「論語の故事成語」の文字サムネイル 特集
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『論語』は、『史記』と並んで日本語のことわざ・故事成語の出典に名前が挙がる書物です。
温故知新、巧言令色、克己復礼といった、学校で習う四字熟語の多くがこの一冊に行き着きます。
『史記』のような物語ではなく、短い言葉の積み重ねでできたこの書物の姿を先にたどり、そのうえで『論語』の記述から生まれた言葉35語を、テーマごとにまとめました。

『論語』とはどんな書物か

『論語』は、孔子こうしと弟子たちの言葉や振る舞いを書き留めた書物です。
全20篇、512の短い章からなり、それぞれの篇の名前は、内容とは関係なく、篇の最初の二文字(または三文字)を取っただけのものです。
学而がくじ」「為政いせい」のような篇名は、いわば見出しではなく通し番号のようなものにすぎません。

元代の画家による孔子の肖像(至聖先賢半身像、国立故宮博物院蔵)
「至聖先賢半身像」に描かれた孔子(元代、国立故宮博物院蔵)。
実際の姿を伝えるものではなく、後世の想像による伝統的な肖像画。

物語ではなく、断片の集まり

司馬遷が一人で書き上げた『史記』と違い、『論語』は孔子自身が書いたものではありません。
孔子の死後、弟子や孫弟子たちが記憶や記録を持ち寄って編んだとされ、編纂者については子夏しから弟子たちとする説、曾参そうしん(曾子とも)の弟子たちとする説など、複数の言い伝えが残っています。
そのため『論語』には長い物語がなく、代わりに「子曰く(しいわく)」で始まる短い言葉と、弟子との一問一答が延々と積み重なっています。
一つの章が生んだ言葉が、内容の異なるいくつもの四字熟語やことわざに分かれていることも珍しくありません。

「論語」という名前が定着するまで

前漢の初め、の国に伝わった魯論ろろん(20篇)、せいの国に伝わった斉論せいろん(22篇)、孔子の旧宅の壁から見つかった古論これん(21篇)という、系統の異なる3種の本文が存在していました。
これらが整理され、「論語」という書名が定着したのは前漢の宣帝・元帝の頃とされています。
その後、南宋の朱子しゅしが『論語』を『孟子』『大学』『中庸』と並ぶ「四書」の一つに位置づけたことで、以後の中国・日本で最も基本的な教養書としての地位を固めました。

『論語』の記述から生まれた言葉35語

『論語』に書かれた孔子や弟子たちの言葉が、そのまま日本語の言い回しになったものを集めました。
物語ではなくテーマの異なる断片の集まりという性質上、人物ごとではなくテーマごとに分けています。

学ぶ姿勢をめぐる6語

  • 温故知新(おんこちしん):
    昔の物事を研究し、そこから新しい知識や道理を見つけ出すこと。
    為政いせい」篇の「ふるきをたずねて新しきを知れば、以て師と為るべし」から。
  • 後生畏るべし(こうせいおそるべし):
    若い世代はこれからどれだけ伸びるか分からないので、あなどってはいけないという教え。
    子罕しかん」篇の「後生畏るべし。
    焉んぞ来者の今に如かざるを知らんや」から。
  • 博学篤志(はくがくとくし):
    広く学問に励んで知識を豊かにし、かつ熱心に志を貫くこと。
    子張しちょう」篇にある、弟子・子夏しかの言葉から。
  • 下問を恥じず(かもんをはじず):
    年下や地位の低い人に教えを請うのを恥と思わない謙虚な姿勢。
    公冶長こうやちょう」篇で、孔子がえいの家臣・孔文子こうぶんしの学ぶ姿勢を評した「下問を恥じず」から。
  • 朽木は雕るべからず(きゅうぼくはほるべからず):
    根性の腐った者は、いくら教育しても無駄であること。
    「公冶長」篇で、昼寝をしていた弟子・宰予(さいよ、宰我とも)を孔子が見限った「朽木は雕るべからず」から。
  • 道聴塗説(どうちょうとせつ):
    よく理解しないまま聞きかじった話を、すぐに他人へ話してしまうこと。
    陽貨ようか」篇の「道に聴きて塗に説くは、徳を之れ棄つるなり」から。

言葉と行いをめぐる3語

  • 巧言令色(こうげんれいしょく):
    言葉を巧みに飾り、顔色を作って人にこびへつらうこと。
    学而がくじ」篇と「陽貨」篇の2箇所に見える「巧言令色、すくなし仁」から。
  • 剛毅朴訥(ごうきぼくとつ):
    意志が強く、飾り気がなく口数が少ない、誠実な人柄のこと。
    子路しろ」篇の「剛毅木訥ごうきぼくとつ、仁に近し」から。
  • 過ちては改むるに憚ること勿れ(あやまちてはあらたむるにはばかることなかれ):
    間違いを犯したと気づいたなら、メンツやプライドにこだわらず即座に改めるべきであるということ。
    「学而」篇と「子罕」篇の2箇所に見える「あやまてば則ち改むるに憚ること勿れ」から。

仁と君子のあり方をめぐる9語

  • 克己復礼(こっきふくれい):
    自分の私欲に打ち勝ち、社会の規範である礼にかなった行いに立ち返ること。
    顔淵がんえん」篇で、弟子の顔淵(がんえん、顔回とも)に「仁とは何か」を問われた孔子の答え「己に克ちて礼に復るを仁と為す」から。
  • 己の欲せざるところは人に施すこと勿れ(おのれのほっせざるところはひとにほどこすことなかれ):
    自分が望まないことを、他人に対しても行ってはならないという教え。
    衛霊公えいれいこう」篇で、弟子・子貢しこうに生涯守るべき一言を問われた孔子が「それはじょか」に続けて答えた言葉から。
  • 見ざる聞かざる言わざる(みざるきかざるいわざる):
    災いを避けるため、自分に不都合なことや他人の欠点を見聞きせず言わないこと。
    克己復礼と同じ「顔淵」篇の問答で、孔子が続けて挙げた「礼にあらざれば視るなかれ、礼にあらざれば聴くなかれ、礼にあらざれば言うなかれ」の一部から。
  • 文質彬彬(ぶんしつひんぴん):
    外見の美しさと内面の実質とが、よく調和していること。
    雍也ようや」篇の「質、文に勝てば則ち野。
    文、質に勝てば則ち史。
    文質彬彬として、然る後に君子なり」から。
  • 造次顛沛(ぞうじてんぱい):
    とっさの場合や、あわただしい瞬間のこと。
    里仁りじん」篇の「君子は食を終うる間も仁に違うこと無し。
    造次にも必ず是に於いてし、顛沛にも必ず是に於いてす」から。
  • 悪衣悪食(あくいあくしょく):
    衣服や食事が粗末であること。
    「里仁」篇の「士、道に志して、悪衣悪食を恥づる者は、未だ与に議るに足らず」から。
  • 怪力乱神(かいりょくらんしん):
    人間の知恵や常識では説明のつかない、不思議な力や現象、存在のこと。
    述而じゅつじ」篇の「子、怪力乱神を語らず」から。
  • 暴虎馮河(ぼうこひょうが):
    血気にはやって、向こう見ずに無謀な行動をすることのたとえ。
    「述而」篇で、弟子・子路に大軍を率いるなら誰と行動を共にするかと問われた孔子が、虎に素手で立ち向かい黄河を歩いて渡るような者とは共にしないと答えた場面から。
  • 怒りを遷す(いかりをうつす):
    ある対象への怒りを、関係のない別の人や物に向けること。
    「雍也」篇で、の君主・哀公あいこうに最も学問を好む弟子を問われた孔子が、亡くなった顔回がんかいを「怒りを遷さず、過ちを二度せず」と評した言葉から。

人づきあいと処世をめぐる10語

  • 和而不同(わじふどう):
    周囲と協調しつつも、道理に反することには同調しない姿勢。
    「子路」篇の「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」から。
  • 和を以て貴しとなす(わをもってとうとしとなす):
    人々が仲良く協力し合うことが最も大切であるという教え。
    「学而」篇にある、弟子・有子ゆうしの言葉「礼の用は和を貴しとなす」から。
  • 四海兄弟(しかいけいてい):
    世界中の人々はみな兄弟のように親しくなるべきだということ。
    「顔淵」篇で、親しい兄弟がいないと嘆く司馬牛しばぎゅうに、弟子・子夏が「四海の内、皆兄弟なり」と慰めた言葉から。
  • 温良恭倹(おんりょうきょうけん):
    穏やかで素直、うやうやしく、つつましいこと。
    「学而」篇で、弟子・子禽しきんに孔子の人柄を問われた子貢が「温・良・恭・倹・譲、以て之を得たり」と答えた言葉から。
  • 敬して遠ざく(けいしてとおざく):
    表面上は敬意を払いながらも、実際には距離を置いて深く関わらないこと。
    「雍也」篇で、弟子・樊遅はんちに知恵とは何かを問われた孔子が「鬼神を敬してこれを遠ざく」と答えた言葉から。
  • 敬して遠ざける(けいしてとおざける):
    表面上は敬意を払いながら、実際には関わりを持たないように距離を置くこと。
    上と同じ樊遅への答えの、送り仮名違いの言い方。
  • 遠慮なければ近憂あり(えんりょなければきんゆうあり):
    将来のことまで見通した深い考えがなければ、必ず身近なところに心配事が起こるということ。
    「衛霊公」篇の「人、遠慮無ければ、必ず近憂有り」から。
  • 既往は咎めず(きおうはとがめず):
    終わってしまった過ちを、後からとやかく責めても仕方がないということ。
    八佾はちいつ」篇で、魯の哀公と弟子・宰我さいがの問答に続く「既往は咎めず」から。
  • 告朔餼羊(こくさくきよう):
    たとえ形骸化した虚礼であっても、それを廃止せずに残しておけば、いずれ本来の精神を取り戻す拠り所になるということ。
    「八佾」篇で、弟子・子貢が告朔こくさくの儀式に供える羊を廃止しようとしたのを孔子が止めた話から。
  • 色を正す(いろをただす):
    表情を引き締め、真面目な顔つきに改まった態度をとること。
    泰伯たいはく」篇で、病床の曾子そうし孟敬子もうけいしに遺言として語った「顔色を正しては、斯こに信に近づく」から。

判断力と言行の評価をめぐる7語

  • 一を聞いて十を知る(いちをきいてじゅうをしる):
    物事の一部を見聞きしただけで、その全体像や本質を素早く理解すること。
    「公冶長」篇で、弟子・子貢と顔回のどちらが優れているかを孔子が問うた場面から。
  • 過ぎたるは猶及ばざるが如し(すぎたるはなおおよばざるがごとし):
    度が過ぎることは、足りないことと同じくらい良くないという戒め。
    先進せんしん」篇で、二人の弟子のどちらが優れているかを子貢に問われた孔子が答えた「過ぎたるは猶及ばざるが如し」から。
  • 朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり(あしたにみちをきかばゆうべにしすともかなり):
    人として生きる正しい道理を知ることができれば、その日のうちに死んでも悔いはないということ。
    「里仁」篇の「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」から。
  • 牛刀をもって鶏を割く(ぎゅうとうをもってにわとりをさく):
    小さな物事や課題を処理するために、不釣り合いで大げさな道具や手段を用いること。
    「陽貨」篇で、小さな町を礼楽で治める弟子・子游しゆうを見た孔子が「鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん」と評した場面から。
  • 莞爾一笑(かんじいっしょう):
    にっこりと声を立てずに静かに微笑むこと。
    上と同じ子游の場面で、孔子がこの言葉を発する直前に「莞爾かんじとして笑う」と書かれていることから。
  • 君子危うきに近寄らず(くんしあやうきにちかよらず):
    教養のある賢い人は、身を危険にさらすような行動は最初からとらないという教え。
    「泰伯」篇の「危邦には入らず、乱邦には居らず」に由来するとされる言い方。
  • 飽食終日(ほうしょくしゅうじつ):
    一日中お腹いっぱい食べ、頭も体も使わず怠けること。
    「陽貨」篇の「飽くまで食らいて日を終え、心を用うる所無きは、難いかな」から。

『論語』に語の一部が見える言葉7語

次の言葉は、『論語』の記述がそのまま言葉になったものではありません。
四字のうち一部だけが『論語』に見える、後世に意訳・熟語化されたもの、あるいは背景となる思想だけが『論語』にある、という関わり方です。

  • 遠慮会釈(えんりょえしゃく):
    相手への配慮や慎み深い態度のこと。
    「遠慮」の部分が「衛霊公」篇の「人、遠慮無ければ、必ず近憂有り」に見える。
    「会釈」は仏教語に由来し、『論語』とは別の出どころを持つ。
  • 以身作則(いしんさくそく):
    自分自身の行動をもって、人々の模範を示すこと。
    「子路」篇の「其の身正しければ、令せずして行われ、其の身正しからざれば、令すと雖も従わず」を、後世に四字へまとめた言い方であり、原文にこの四字がそのままあるわけではない。
  • 四訓(しくん):
    孔子が弟子に授けたとされる文・行・忠・信の四つの教え。
    「述而」篇の「子、四つを以て教う。
    文、行、忠、信」に由来するが、原文の語は「四教」であり、「四訓」は日本での呼び方。
  • 神は非礼を受けず(かみはひれいをうけず):
    礼儀や道理にはずれた願い事をいくら熱心に祈っても、神はそれを受け入れないということ。
    「八佾」篇で、季氏きしが身分に見合わない祭祀を泰山たいざんで行ったことを孔子が嘆いた話が背景にあるとされるが、この言い回し自体が原文にあるわけではない。
  • 前途洋々(ぜんとようよう):
    今後の人生が大きく開けていて、希望に満ちているさま。
    「洋々」という語自体は『詩経』や『論語』にも見えるが、「前途洋々」という四字の組み合わせは近代以降に定着したもの。
  • 言行一致(げんこういっち):
    言葉と行動が矛盾なく、ぴったりと合っていること。
    この四字が『論語』にあるわけではないが、言葉ばかりで行動が伴わないことを戒める孔子の思想が背景にある。
  • 言行不一致(げんこうふいっち):
    口で言うことと実際の行動が食い違っていること。
    上と同じく、『論語』の思想を背景に持つ言葉で、この四字そのものの原典ではない。

『論語』という書物そのものを言った言葉

『論語』は長く読み継がれてきた分、書物そのものが言葉の題材になることもあります。

  • 犬に論語(いぬにろんご):
    道理の通じない相手に何を教えても、全く効果がないことのたとえ。
    孔子の教えを集めた尊い書物であっても、理解する力のない相手には無意味だという発想から。
  • 論語読みの論語知らず(ろんごよみのろんごしらず):
    知識は豊富だが、その真意を理解せず実践が伴わないこと。
    江戸時代の寺子屋や藩校で、意味の理解より先に文字を声に出して読む「素読」が広まったことを背景とする。
  • 孔子に論語(こうしにろんご):
    儒教の開祖である孔子に論語を説くように、その道の専門家に得意分野を教える愚かさのたとえ。
    『論語』が孔子自身の言葉を弟子がまとめたものであることから生まれた言い回し。

『論語』が出典とされやすいが、そうでない言葉

孔子や『論語』は儒教の代名詞であるだけに、実際には別の出どころを持つ言葉まで結びつけられがちです。

  • 剛毅果断(ごうきかだん):
    強い意志を持ち、迷わず思い切って決断・実行すること。
    「子路」篇の「剛毅木訥、仁に近し」(剛毅朴訥の由来)と混同されやすいが、「剛毅果断」という組み合わせ自体は『論語』に見当たらない。
  • 天網恢恢疎にして漏らさず(てんもうかいかいそにしてもらさず):
    天の網は目が粗いようでいて、悪事を働いた者を決して見逃さないという教え。
    室町時代の『論語抄』(論語の注釈書)に引かれて広まったが、言葉自体の出典は『老子』であり、『論語』本文にはない。
  • 雲外蒼天(うんがいそうてん):
    困難を乗り越えた先には、明るい先行きが待っているということ。
    『論語』にも『史記』にも、この語の出典は確認されていない。

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