『春秋左氏伝』は、『論語』『孟子』『荘子』『老子』『韓非子』『戦国策』と並ぶ中国古典でありながら、孔子が編んだとされる年代記『春秋』に、生き生きとした物語を付け加えた歴史書です。
牛耳、食指が動く、備えあれば憂いなしといった言葉の多くが、この書物にたどり着きます。
まず『春秋左氏伝』という書物の姿をたどり、そのうえで書物の記述から生まれた言葉15語と、語源の一部にある言葉1語をまとめました。
『春秋左氏伝』とはどんな書物か
左丘明という人物と、三伝の中での位置づけ
『春秋左氏伝』は、魯の左丘明が著したと伝えられていますが、その実在や経歴には不確かな点が多く、確実なことは分かっていません。
孔子が編纂したとされる年代記『春秋』を解説する書物は、『春秋左氏伝』のほかに『公羊伝』『穀梁伝』があり、あわせて「春秋三伝」と呼ばれます。
公羊伝・穀梁伝が『春秋』の一字一句に込められた大義名分を読み解く注釈書としての性格が強いのに対し、『春秋左氏伝』は史実の経緯や人物のやりとりを生き生きと描く物語としての完成度が高く、中国最古の本格的な歴史文学ともいわれます。
この物語としての魅力が、後世の司馬遷が『史記』を著す際にも重要な材料になったとされています。
魯の年代記に基づく、編年体の構成
『春秋左氏伝』は、魯の隠公元年(紀元前722年)から哀公二十七年(紀元前468年)までの、約250年間の出来事を年代順に記した「編年体」の歴史書です。
もとになった『春秋』本文が哀公十四年(紀元前481年)で終わっているのに対し、『春秋左氏伝』はその先まで記述を続けています。
この時代は、周王室の権威が衰え、有力な諸侯や家臣がしのぎを削った「春秋時代」と呼ばれる時期にあたり、書名もこれに由来します。
諸侯の会盟や合戦、家臣同士の駆け引きなど、簡潔な『春秋』本文だけでは分からない具体的な経緯が数多く記されており、ここから多くのことわざ・故事成語が生まれました。
『春秋左氏伝』に由来する故事成語15語
『春秋左氏伝』に記された故事や言葉が、そのまま日本語の言い回しになったものを集めました。
外交と国家の駆け引き4語
- 風馬牛(ふうばぎゅう):
互いに何の関係もないこと。
斉が楚へ攻め込もうとした際、楚の使者が「あなたの国とこちらは、さかりのついた馬や牛でさえ行き着けないほど遠い(風馬牛も相及ばざるなり)」と抗議した「僖公四年」の記述から。 - 抜本塞源(ばっぽんそくげん):
災いのもとを根本から絶つこと。
周の王が晋に向け、自分たちの関係を根や水源にたとえ、それを断ち切ることの重大さを訴えた「昭公九年」の一節「本を抜き源を塞ぎ」から。もとは否定的な意味の文脈だった。 - 弥縫策(びほうさく):
その場しのぎの、一時的な対応策。
周と鄭の戦いで、鄭軍が戦車の陣形の隙間を歩兵で埋めて補ったことを「その闕を弥縫す」と記した「桓公五年」の一節から。 - 鼎の軽重を問う(かなえのけいちょうをとう):
権力者の実力や地位を軽んじ、その座を奪おうとすること。
楚の荘王が周の使者に、天子の宝器である九つの鼎の重さを尋ね、「天子の徳があれば鼎は小さくても重い」とたしなめられた「宣公三年」の故事から。
言葉と誠実さをめぐる3語
- 食言(しょくげん):
約束を破ること。
宴席で家臣をけなした孟武伯に対し、魯の哀公が「そなたこそ言葉を食べてばかりいる(食言多し)から太るのだ」と切り返した「哀公二十五年」の記述から。 - 断章取義(だんしょうしゅぎ):
文章の一部だけを都合よく取り出して、本来と違う意味に用いること。
外交の場で『詩経』の一節を引用し合う「賦詩断章」という当時の習慣に由来する「襄公二十八年」の記述から。 - 勧善懲悪(かんぜんちょうあく):
善行を勧め、悪行を懲らしめること。
『春秋』の記述の姿勢を讃えて「悪を懲らしめ善を勧める(懲悪而勧善)のは、聖人でなければ誰にできようか」と述べた「成公十四年」の一節から。
備えと後悔をめぐる3語
- 備えあれば憂いなし(そなえあればうれいなし):
普段から準備をしておけば、いざという時に困らないということ。
晋の家臣・魏絳が君主を諫めた際の「安きに居りて危うきを思う。思えば則ち備えあり、備えあれば患い無し」という「襄公十一年」の言葉から。 - ほぞを噛む(ほぞをかむ):
取り返しのつかないことを、激しく悔やむこと。
楚の文王を討つよう進言された鄧の君主がこれを聞き入れず、のちに攻め滅ぼされたという故事から。臣下が「今討たなければ、後にほぞを噛むことになります」と進言した場面に由来する。 - 内憂外患(ないゆうがいかん):
国内にも国外にも、問題や心配事が同時にあること。
晋の政治家・范文子が、外の脅威をあえて残すことで国内の結束を保とうとした鄢陵の戦いをめぐる記述から。原典の言葉自体は「内外ともに問題がない(内外無患)」という理想を示すものだった。
人の欲望と実権をめぐる3語
- 食指が動く(しょくしがうごく):
欲望や興味が、心の中に湧き起こること。
鄭の貴族・子公が、ご馳走にありつける前には決まって人差し指が動くという癖を持っており、その日も宮殿で巨大なスッポン料理に出会えたという故事から。 - 牛耳(ぎゅうじ):
組織や集団の実権を握ること。「牛耳る」の語源。
諸侯が同盟を結ぶ際、盟主が牛の耳を裂いてその血をすすり合う儀式を行ったという「哀公十七年」の記述から。牛の耳を裂く役目を担う者が、同盟の中心人物とされた。 - 一薫一蕕(いっくんいちゆう):
善いものより悪いものの影響のほうが、長く残りやすいこと。
「一本の香草と一本の臭い草を一緒にしておくと、十年経ってもなお臭い草の悪臭が残る(一薫一蕕、十年尚猶臭あり)」という一節から。
待つことの虚しさと妖異2語
- 百年の河清を俟つ(ひゃくねんのかせいをまつ):
実現の見込みがないことを、いつまでも当てにして待つこと。
大国・楚に攻められた鄭の家老・子駟が、「黄河が澄むのを待っていたら人の寿命が足りない」という古詩を引き、当てにならない援軍を待つより降伏すべきだと説いた「襄公八年」の故事から。 - 魑魅魍魎(ちみもうりょう):
山や川、沢などに潜むとされる、さまざまな化け物の総称。
山の精霊「魑(螭魅)」を記した「文公十八年」と、沢や川の精霊「魍魎」を記した「宣公三年」の、それぞれの記述が組み合わさってできた言葉。
『春秋左氏伝』に語源の一部がある言葉
次の言葉は、『春秋左氏伝』の一節がそのまま言葉になったものではなく、同書にある表現が語の半分の由来になっているものです。
- 苛斂誅求(かれんちゅうきゅう):
税や利息などを、過酷に取り立てること。
「誅求」(財を無理に取り立てること)は『春秋左氏伝』に由来するが、「苛斂」(過酷な取り立て)は別の歴史書『旧唐書』穆宗紀の「苛斂剥下、人皆咎之」に由来し、由来の異なる二つの二字熟語が組み合わさってできた言葉。

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