列子とは?成立の謎めく道家の書物から生まれた故事成語10語

石積みの背景に「列子の故事成語」の文字と特集の印 特集
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『列子』は、『論語』『孟子』『荘子』『老子』『韓非子』『戦国策』『春秋左氏伝』と並ぶ中国古典でありながら、著者とされる人物の実在からして議論が続く、成立の謎めいた道家の書物です。
杞憂、朝三暮四、愚公山を移すといった言葉の多くが、この書物にたどり着きます。
まず『列子』という書物の姿をたどり、そのうえで書物の記述から生まれた言葉10語をまとめました。

『列子』とはどんな書物か

列御寇という人物、実在をめぐる議論

『列子』は、戦国時代の鄭の思想家列御寇れつぎょこう(列子)が著したと伝えられる道家の書物です。
荘子の書物にも「列子は風に乗って自在に飛び回った」という記述があり、荘子と並ぶ道家の先達として知られていました。
しかし現在伝わる『列子』は、内容や語彙の分析から、そのままの形で戦国時代に遡るとは考えにくいとされ、東晋の張湛ちょうたんが編纂・注釈した際に、後世の思想まで混じり込んだのではないかという偽作説が根強くあります。
一方で、断片的には古い時代の言葉づかいが残っているとして、偽作説に異論を唱える研究者もおり、実在も成立年代も、今なお定説がありません。

8篇の構成、「沖虚真経」という別名

『列子』は、「天瑞」「黄帝」「周穆王」「仲尼」「湯問」「力命」「楊朱」「説符」の全8篇からなります。
虚静・無為をよしとする思想は老子・荘子と共通していますが、寓話や物語を数多く収め、時に幻術や不思議な出来事を生き生きと描く点に特色があります。
のちに道教の経典として尊ばれるようになり、「沖虚真経ちゅうきょしんきょう」という別名でも呼ばれています。

『列子』に由来する故事成語10語

『列子』に記された寓話や一節が、そのまま日本語の言い回しになったものを集めました。

心が生む不安2語

  • 杞憂(きゆう):
    無用な心配、取り越し苦労のこと。
    杞の国の男が、天が崩れ落ちてくるのではないかと本気で心配し、夜も眠れず食事も喉を通らなくなったという「天瑞篇」の故事から。
  • 疑心暗鬼(ぎしんあんき):
    疑いの心があると、何でもないことまで疑わしく見えてしまうこと。
    斧をなくした男が隣人の息子を疑うと、その息子のあらゆる行動が怪しく見え、後に斧が見つかると疑いが跡形もなく消えたという「説符篇」の故事から。「疑心、暗鬼を生ず」という後世の注が四字熟語として定着した。

音を分かち合う友2語

  • 知音(ちいん):
    自分の心を理解してくれる、無二の親友のこと。
    琴の名手・伯牙が奏でる音の真意を、友人の鍾子期だけが正確に言い当てたという「湯問篇」の物語から。鍾子期の死後、伯牙が二度と琴を弾かなかったという結末は「伯牙絶弦」とも呼ばれる。
  • 高山流水(こうざんりゅうすい):
    演奏の巧みさ、また互いの心を深く通わせる友情のこと。
    前項と同じ伯牙と鍾子期の物語で、伯牙が高い山や流れる川を思い浮かべて弾いた琴の音を、鍾子期が正確に言い当てたという場面から。

寓話に見る意志と異能3語

  • 愚公山を移す(ぐこうやまをうつす):
    根気強く努力を続ければ、いつかは大きな成果を成し遂げられるということ。「愚公移山」とも。
    交通の妨げになる山を、90歳近い老人・愚公が「自分の代で無理でも子孫が続ければいつか平らになる」と崩し始め、その意志に天帝が心を動かされて山を移したという「湯問篇」の寓話から。
  • 千変万化(せんぺんばんか):
    状況や姿が、数えきれないほどさまざまに変化すること。
    西方から訪れた幻術使いが不思議な術を次々と見せたことを「千変万化、窮む可からず」と評した「周穆王篇」の記述から。「湯問篇」のからくり人形の場面にも同じ言葉が見える。
  • 深山幽谷(しんざんゆうこく):
    人里離れた、奥深い自然のこと。
    周の宣王に仕えた鳥獣係の梁鴦が、猛獣を手なずける秘訣を語る中で、「私の庭で眠る獣は深山幽谷に帰りたいとは願わない」と述べた「黄帝篇」の一節から。

処世の知恵3語

  • 男尊女卑(だんそんじょひ):
    男性を尊び、女性を卑しいものとする考え方。
    孔子が旅先で出会った老人・栄啓期が、人生の楽しみを語る中で「男女の別があって男が尊く女が卑しいとされ、その男に生まれられたのが楽しみの一つだ」と述べた「天瑞篇」の一節から。
  • 朝三暮四(ちょうさんぼし):
    目先の違いにとらわれ、結果が同じであることに気づかないこと。
    猿を飼っていた狙公が、餌のトチの実を「朝三つ・夕方四つ」から「朝四つ・夕方三つ」に変えただけで猿たちが喜んだという寓話から。同じ話が『荘子』にも伝わる。
  • 多岐亡羊(たきぼうよう):
    学問の道が細かく分かれすぎていると、真理を見失ってしまうこと。
    思想家・楊朱の隣人が、道が幾重にも分かれていたために逃げた羊を見失ったという話を聞き、楊朱が学問も同様だと嘆いたという「説符篇」の逸話から。

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