意味
「呉牛月に喘ぐ」は、もともと暑さに弱い牛が苦しそうに息をするようすを言い表した言葉です。
そこから転じて、思いすごしから取り越し苦労をするたとえになりました。
同じ意味の語に「杞憂」があります。
- 呉牛(ごぎゅう):中国南部の呉の地方の水牛。
- 喘ぐ(あえぐ):苦しそうに息をすること。
語源・由来
「呉牛月に喘ぐ」は、中国の世説新語という書物の言語の章に載っている話から生まれました。
西晋の満奮は、風に当たるのをひどく嫌う人でした。
武帝のそばに控えたとき、北の窓にはガラスの屏風が立ててあり、すきまなくふさがっているのに透けて見えたため、満奮は困った顔をします。
それを見て武帝が笑うと、満奮は「臣は猶ほ呉牛のごとく、月を見て喘ぐ」(私はちょうど呉の牛のように、月を見ただけで息を切らしております)と答えました。
本文に付いた注は、呉の牛は暑さを嫌うので月を太陽と見間違えて喘ぐのだと説明しています。
使い方・例文
「呉牛月に喘ぐ」は、まだ起きていないことを先回りして心配しすぎている場面で使われます。
- 検査結果を待つ間の父は、まるで呉牛月に喘ぐようだった。
- 雨雲の予報だけで遠足を諦めるとは呉牛月に喘ぐの類だ。
- 株価が少し下がっただけで売るのは呉牛月に喘ぐ話である。
小説での使用例
『草枕』(夏目漱石)
東京には二十年も出ていないという和尚が、電車に一度乗ってみたいと言ったあとで口にする一節です。
蜀犬日に吠え、呉牛月に喘ぐと云うから、わしのような田舎者は、かえって困るかも知れんてのう
類義語・関連語
「呉牛月に喘ぐ」と同じように、確かでないことを先回りして気に病むことを表す言葉には以下のようなものがあります。
- 杞憂(きゆう):
天が落ちてこないかと心配した杞の国の人の話から出た、しなくてよい心配。 - 呉牛喘月(ごぎゅうぜんげつ):
同じ『世説新語』の話をもとにした四字熟語の言い方。 - 疑心暗鬼(ぎしんあんき):
疑う心があるために、何でもないものまで恐ろしく感じる状態。
「呉牛月に喘ぐ」と「呉牛喘月」の違い
「呉牛月に喘ぐ」と「呉牛喘月」は、同じ『世説新語』の故事をもとにした言い方で、意味は同じです。
分かれるのは形だけで、「呉牛月に喘ぐ」は訓読みで語る言い方、「呉牛喘月」はそれを四字熟語にまとめた言い方です。
| 語句 | 形 |
|---|---|
| 呉牛月に喘ぐ (ごぎゅうつきにあえぐ) | 訓読みの言い回し |
| 呉牛喘月 (ごぎゅうぜんげつ) | 四字熟語 |
英語表現
borrow trouble
起こるとは限らないことを先回りして気に病む言い方。
Don’t borrow trouble over a rumor nobody can confirm.
(誰にも確かめようのないうわさで、先回りの心配をしないでください。)
cross a bridge before one comes to it
まだ手の打ちようがない先のことを心配してしまう言い方。
You are crossing a bridge before you come to it.
(まだ手の打ちようもないことを先に心配していますね。)
並べて使われる蜀の犬
この言葉とよく並べて使われる「蜀犬日に吠ゆ」は、唐の柳宗元が友人に送った「韋中立に答えて師道を論ずるの書」という手紙から出ています。
柳宗元は、庸と蜀の南は雨ばかりで日が差さず、日が出ると犬が吠えると聞いていたが大げさな話だと思っていた、と書いています。
ところが南に移って二年目の冬、嶺を越えて大雪が数州に降り、犬たちがあわてて吠えたて何日も走り回るのを見て、聞いた話を信じたそうです。
この言葉は、無知のために当たり前のことに疑いを抱くたとえとして使われます。









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