意味
「呉牛喘月」とは、実際には心配する必要がないことを、思い違いから勝手に取り越し苦労してしまうことのたとえです。
暑さを嫌う呉の牛が夜空の月を太陽と見間違えて喘ぐという故事にちなむ言葉で、不安の出発点が単なる思いこみではなく見誤りにあるところが特徴です。同じ故事から出た句の形の言い方に呉牛月に喘ぐがあります。
- 呉牛(ごぎゅう):中国南部、呉の地方の水牛。
- 喘月(ぜんげつ):月を見て苦しそうに息をすること。
語源・由来
「呉牛喘月」のもとになった話は、中国の世説新語という書物の言語の章に出てきます。
西晋の満奮は風に当たるのが人一倍苦手で、武帝の前に招かれたとき、北の窓をふさぐガラスの屏風を見て困った顔をしました。
すきまなくふさがっているのに透けて見えるため、風が入ってくると思いこんだからです。
笑った武帝に、満奮は「臣は猶ほ呉牛のごとく、月を見て喘ぐ」(私は呉の牛と同じで、月を見ただけで息を切らしております)と答えました。
呉の水牛は暑さに参っているので、夜の月まで太陽と取り違えて喘ぐのだと、本文に付いた注は説明しています。
使い方・例文
「呉牛喘月」は、確かめれば済むことを先回りして案じている場面で使われます。
- 健康診断の再検査通知が来ただけで、呉牛喘月の一夜を過ごした。
- 引き継ぎの不安を数え上げる姿は、呉牛喘月に見えた。
- 根拠のない噂話ひとつで転職を決めるとは呉牛喘月だ。
類義語・関連語
「呉牛喘月」と同じく、確かめれば消えるはずの不安にとらわれる様子を表す言葉には以下のようなものがあります。
- 呉牛月に喘ぐ(ごぎゅうつきにあえぐ):
同じ話をもとにした、句の形の言い方。 - 杞憂(きゆう):
起こるはずのない事態を思い描いて気に病む心配。 - 疑心暗鬼(ぎしんあんき):
疑い始めると何でもないものまで恐ろしく見えてくる状態。
「呉牛喘月」と類義語の違い
どれも根拠の薄い不安を指すため区別しにくいのですが、不安が生まれるきっかけが違います。
「呉牛喘月」は目の前のものを別のものと見誤ったところから、「杞憂」は頭の中の想像から、「疑心暗鬼」は人を疑う気持ちから始まります。
英語表現
borrow trouble
起こると決まってもいないことを、自分から先回りして気に病む言い方。
Stop borrowing trouble before the test results even arrive.
(検査の結果も出ないうちから、先回りで心配するのはやめましょう。)
李白の詩では暑さそのもの
唐の詩人李白は「丁督護歌」という詩で、真夏に川船を引く人夫の苦しさを歌いました。
そこに置かれた「呉牛喘月の時」は、心配のたとえではなく、牛が喘ぐほど暑い季節そのものを指しています。
李白は別の詩でも「六月南風白沙を吹き、呉牛月に喘ぎて気霞を成す」(六月の南風が白い砂を吹き、呉の牛が月に喘いで、あたりの空気が霞になる)と、夏の情景を描くのに使いました。
中国の手習い書『幼学瓊林』には「呉牛喘月」が登場し、人が怖がりすぎるのを笑う言葉だと説明されています。












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