まだ起きてもいない未来の出来事を想像し、無用な不安や心配を重ねる状態を「取り越し苦労」と呼びます。
人間は古くからこうした心理と向き合い、数多くの言葉を残してきました。
過剰な心配や警戒心を表す言葉から、心配事を手放すための先人の知恵まで、一覧にまとめました。
無用な心配・しなくていい苦労
- 杞憂(きゆう):
中国の杞の国の人が、天が崩れ落ちてこないかと本気で思い悩んだという「列子」の寓話に由来し、まず起こらない事態への無用な心配を指す。 - 呉牛喘月(ごぎゅうぜんげつ):
暑さに弱い呉の水牛が夜の月を見ても太陽と思い喘いだという「世説新語」の逸話に由来し、しなくていい心配をする様子。 - 気を揉む(きをもむ):
「揉む」という字が表す通り、まだ出ていない結果を気にかけて心をもみしだくように、そわそわと落ち着かない状態を指す言葉。 - 杯中の蛇影(はいちゅうのだえい):
酒杯に映った弓の影を蛇と思い込み体調を崩した中国の故事に由来し、思い込みが実害を生むほど疑いにとらわれる状態のたとえ。 - 独り相撲(ひとりずもう):
元は愛媛の神事で目に見えない精霊と相撲を取る儀式の名で、転じて周囲が無関心な中、一人だけ気負って空回りする様子を指す。
疑心が生み出す幻・過敏な反応
- 疑心暗鬼(ぎしんあんき):
斧を盗んだと疑った途端、隣人の子の一挙一動が怪しく見えたという「列子」の説話が由来で、疑う心が何でもない事まで恐ろしく歪めて見せる心理。 - 戦々恐々(せんせんきょうきょう):
「深き淵に臨むが如く、薄き氷を踏むが如く」と説いた「詩経」の一節が由来し、事態の悪化を恐れて極度にびくびくと身をすくめる様子。 - 幽霊の正体見たり枯れ尾花(ゆうれいのしょうたいみたりかれおばな):
江戸の俳人・横井也有の俳文集「鶉衣」にある「化物の正体見たり枯れ尾花」が原型とされ、恐怖の対象も正体を確かめれば案外何でもないという教え。 - 風声鶴唳(ふうせいかくれい):
中国「淝水の戦い」で敗走した前秦軍が、風の音や鶴の鳴き声さえ追手と聞き違え逃げ惑った故事に由来し、過敏な恐怖を表す言葉。 - 草木皆兵(そうもくかいへい):
同じ「淝水の戦い」で、追い詰められた前秦の王・苻堅が対岸の山の草木までも敵兵に見えるほど恐れおののいた故事にちなむ表現。 - 落ち武者は薄の穂にも怖ず(おちむしゃはすすきのほにもおず):
戦に敗れ落ち武者狩りに怯える武者が、風に揺れる薄の穂さえ敵と見誤った様子に由来し、後ろめたさが幻の恐怖を生む例え。
トラウマ・慎重すぎる姿勢
- 羹に懲りて膾を吹く(あつものにこりてなますをふく):
熱い吸い物で舌をやけどした人が、冷たい膾まで用心して吹く姿を詠んだ「楚辞」の一節に由来し、過去の失敗への過剰な用心を表す。 - 石橋を叩いて渡る(いしばしをたたいてわたる):
頑丈で壊れるはずのない石の橋でさえ、叩いて安全を確かめてから渡るという行動から生まれ、用心深さが行き過ぎた慎重さを表す言葉。
取り越し苦労を手放す教訓
- 案ずるより産むが易し(あんずるよりうむがやすし):
かつて出産は命がけと恐れられていたが、いざ産んでみると案外たやすかったという実感から生まれ、心配より行動を促す教訓とされる。 - 明日は明日の風が吹く(あしたはあしたのかぜがふく):
風向きは日々移り変わるものだという自然の摂理になぞらえた言葉で、先のことをくよくよ悩まず成り行きに任せる楽観的な姿勢を表す。 - 来年の事を言えば鬼が笑う(らいねんのことをいえばおにがわらう):
出典は江戸中期の浮世草子とされ、人の寿命を知る鬼でさえ滑稽に思うほど、先の見えない未来を思い悩む愚かさを説く言葉。 - 人事を尽くして天命を待つ(じんじをつくしててんめいをまつ):
中国の史書「読史管見」が、大軍を撃退した名将・謝安の心境を評した言葉に由来し、全力を尽くした後は結果を天に任せる姿勢を表す。 - 果報は寝て待て(かほうはねてまて):
仏教の「因果応報」の教えが由来とされ、幸運は自分の力ではどうにもならないため、あくせくせず機が熟すのを待てばよいという考え方。
心配事の大半は現実にならない、という研究結果
不安を感じやすい人が「心配した出来事」が実際に起きるかどうかを追跡した研究があります。
ペンシルバニア州立大学のBorkovecらの研究では、心配事として記録した出来事のうち約79%は実際には起きなかったとされています。
さらに実際に起きた出来事のうち一定割合は、事前の想定より深刻ではなかったと報告されています。
脳は防衛本能として、まだ起きていない危機に対しても警戒信号を発します。
しかしその警告の多くは、実際には起こらない出来事に向けられています。
ことわざの「幽霊の正体見たり枯れ尾花」は、この心理的な傾向を端的に言い表した表現です。









コメント