夜中にふと聞こえた風の音や、鳥の羽ばたき。「誰か来たのではないか」とビクッとして、眠れなくなった経験はないでしょうか。
極度の恐怖心から、わずかな物音にも敏感に反応して怯えてしまうこと。
これを「風声鶴唳」(ふうせいかくれい)といいます。
「草木皆兵(そうもくかいへい)」と並び、人間の心理がいかに恐怖によって支配されやすいかを説く、中国の歴史が生んだ教訓です。
意味
「風声鶴唳」とは、風の音や鶴の鳴き声を聞いただけで、敵が攻めてきたのかと驚き怯えることです。
敗北や失敗をして気弱になっているとき、些細なことにも過敏に反応して怖がる様子を指します。
- 風声(ふうせい):風の吹く音。
- 鶴唳(かくれい):鶴の鳴き声。「唳」は、鳥が甲高い声で鳴くこと。
語源・由来
「風声鶴唳」の由来は、中国の歴史書『晋書(しんしょ)』の「謝玄(しゃげん)伝」に記された「淝水(ひすい)の戦い」の結末です。
紀元383年、前秦(ぜんしん)の王・苻堅(ふけん)率いる大軍は、東晋(とうしん)との戦いに敗れ、総崩れとなって敗走を始めました。
逃げ惑う前秦の兵士たちは、極限の恐怖と疲労の中にありました。
そのため、ただ風が吹き抜ける「ヒューッ」という音や、上空を飛ぶ鶴の「クァーッ」という鳴き声を聞いただけで、「東晋の追手が来たぞ!」「包囲された!」と勘違いし、パニックに陥ったといいます。
この混乱により、多くの兵が味方に踏みつけられたり、逃げ場を失ったりして命を落としました。
この悲惨な敗走劇から、敗北して臆病になり、わずかな音にも怯える様を言うようになりました。
使い方・例文
「風声鶴唳」は、過去の失敗や後ろめたいことが原因で、「精神的に追い詰められ、過剰に怯えている状態」を表すのに使われます。
単に怖がりな性格を指すというよりは、「敗走する兵士」のように、余裕を失ってパニック寸前になっているニュアンスが含まれます。
例文
- 会社の不祥事が発覚して以来、社内は「風声鶴唳」の状態で、電話一本にも皆がビクビクしている。
- 彼は一度大きなミスをしてからというもの、上司の足音が聞こえるだけで「風声鶴唳」、顔色が青ざめるようになった。
- 夜の墓地で肝試しをしたが、友人が「風声鶴唳」のあまり、自分の足音に驚いて悲鳴を上げたのには笑ってしまった。
類義語・関連語
「風声鶴唳」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 草木皆兵(そうもくかいへい): 敵を恐れるあまり、草や木までが敵兵に見えること。
「風声鶴唳」と同じく「淝水の戦い」に由来します。- 草木皆兵:戦う前、または対峙中の「視覚」的な錯覚。
- 風声鶴唳:負けて逃げている最中の「聴覚」的な錯覚。
という違いがありますが、セットで使われることも多いです。
- 落ち武者は薄の穂にも怖ず(おちむしゃはすすきのほにもおず):
戦いに敗れて逃げる武士は、ススキの穂が揺れるのを見ても敵兵かと思って怯えること。
「風声鶴唳」の日本版とも言えることわざです。 - 疑心暗鬼(ぎしんあんき):
疑う心があると、何でもないものまで恐ろしい鬼に見えること。
対義語
「風声鶴唳」とは対照的な意味を持つ言葉は、以下の通りです。
- 談笑自若(だんしょうじじゃく):
危険や事変に直面しても、普段と変わらず平然と談笑しているさま。 - 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく):
焦らず、ゆったりとして落ち着きがあるさま。
英語表現
「風声鶴唳」を英語で表現する場合、以下のような言い回しがあります。
start at a mere sound
- 意味:「ほんのわずかな音にもビクッとする」
- 解説:Start には「驚いて飛び上がる」という意味があります。些細な音に過剰反応する様子を表します。
flee at the mere rustle of leaves
- 意味:「木の葉がカサカサいう音だけで逃げ出す」
- 解説:風の音に怯える「風声鶴唳」のニュアンスに非常に近い表現です。
類似のエピソード:富士川の戦い
「風声鶴唳」と全く同じような出来事が、日本の歴史にも記録されています。
平安時代末期の「富士川の戦い」です。源頼朝の軍勢と対峙していた平家の軍勢は、夜中に水鳥の群れが一斉に飛び立った「羽音」を、源氏の夜襲と勘違いしました。
平家軍は戦わずして大混乱に陥り、我先にと逃げ出したと伝えられています。
中国でも日本でも、極限状態にある人間は「音」一つで冷静さを失ってしまうという、興味深い共通点があります。
まとめ
「風声鶴唳」は、恐怖心が私たちの耳をも欺くことを教えてくれる言葉です。
一度心が弱気になると、ただの風音や鳥の声さえも、自分を攻撃するシグナルとして脳が誤変換してしまいます。
もし、周囲の些細な反応や物音に過敏になっていると感じたら、それは現実が怖いのではなく、自分の心が「風声鶴唳」の状態に陥っているだけかもしれません。




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