『淮南子』は、『論語』『孟子』『荘子』『老子』『韓非子』『戦国策』『春秋左氏伝』『列子』と並ぶ中国古典でありながら、一人の思想家ではなく、王のもとに集った大勢の学者たちが共同で編んだ百科全書のような書物です。
人間万事塞翁が馬、神出鬼没、蟷螂の斧といった言葉の多くが、この書物にたどり着きます。
まず『淮南子』という書物の姿をたどり、そのうえで書物の記述から生まれた言葉8語と、語源の一部にある言葉1語をまとめました。
『淮南子』とはどんな書物か
淮南王・劉安と、数千人の賓客
『淮南子』は、前漢の淮南王・劉安(紀元前179年ごろ―前122年)のもとに集った学者たちが、共同で編んだ書物です。
劉安は紀元前153年ごろから各地の知識人を招いてそのパトロンとなり、数千人ともいわれる賓客が淮南に身を寄せたと伝えられています。
紀元前139年、武帝が即位した翌年にこの書物が朝廷に献上されました。
しかし劉安は、のちに謀反を企てたことが発覚し、自ら命を絶つという劇的な最期を迎えています。
諸子の思想を編み合わせた「雑家」の書
『淮南子』は、道家の思想を土台にしながら、儒家・法家・陰陽家など、それまでの諸子百家のさまざまな考え方を取り込んで編まれた「雑家」の書物とされています。
『漢書』芸文志には「内二十一篇、外三十三篇」と記されていますが、現在に伝わるのは「内篇」21篇のみです。
宇宙の成り立ちから政治論、処世訓、寓話まで幅広い話題を扱う百科全書的な性格を持ち、天文・地理・兵法など実用的な知識も豊富に収められています。
『淮南子』に由来する故事成語8語
『淮南子』に記された故事や一節が、そのまま日本語の言い回しになったものを集めました。
変化の兆しを読む2語
- 人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま):
人生の幸不幸は予測できず、何が幸いし何が災いするか分からないということ。
塞(とりで)に住む老人(塞翁)の馬が異民族の地へ逃げ、駿馬を連れて帰り、息子が落馬して脚を折り、そのために戦争の徴兵を免れたという「人間訓」の故事から。 - 一葉落ちて天下の秋を知る(いちようおちててんかのあきをしる):
わずかな前兆から、物事全体の先行きを見通すこと。
「一葉の落つるを見て歳の将に暮れんとするを知る」(一枚の葉が落ちるのを見て、その年の終わりが近いと悟る)という「説山訓」の一節から。他の木がまだ青々とする中で先に葉を落とす青桐(あおぎり)を指すという。
慢心と無謀への戒め3語
- 善く泳ぐ者は溺る(よくおよぐものはおぼる):
得意な技術を持つ者ほど、それに頼りすぎて油断し、かえって失敗しやすいということ。
「善く游ぐ者は溺れ、善く騎る者は堕つ」(泳ぎが得意な者は溺れ、馬に乗るのが得意な者は落馬する)という一節から。 - 鹿を逐う者は山を見ず(しかをおうものはやまをみず):
目先の利益に夢中になると、周囲や全体の状況が見えなくなるということ。
「獣を逐う者は目に太山を見ず」(獣を追いかける者は、目の前の大きな山すら見えなくなる)という「説林訓」の一節から。 - 蟷螂の斧(とうろうのおの):
弱い者が、自分の力量も考えずに強い相手に立ち向かうこと。
斉の荘公が、前足を振り上げて自分の馬車に向かってきたカマキリ(蟷螂)の勇気に感心し、車を迂回させたという故事から。もとはカマキリの勇気を称える話だった。
巧みな用兵と適材適所2語
- 神出鬼没(しんしゅつきぼつ):
行動が自在で、居場所や動きが予測できないこと。
戦いに長けた者の動きを「神のように忽然と現れ、幽霊のように知らぬ間に行動する(神出鬼行)」と表現した「兵略訓」の記述から。 - 南船北馬(なんせんほくば):
各地を忙しく駆け回ること。
「胡人は馬を便利とし、越人は舟を便利とする」という「斉俗訓」の一節から。もとは南北それぞれの長所を活かすべきだという適材適所の教訓だった。
対照の中にある道理
- 氷炭相愛す(ひょうたんあいあいす):
正反対のものが、互いに影響を及ぼし合う関係にあること。
「氷炭よりも相愛するもの莫し」(氷と炭火ほど愛し合っているものはない。氷は溶けて炭火を消し、互いを本来の姿に戻す)という「説山訓」の一節から。
同じ「氷炭」の比喩を使いながら正反対の結論を示す「氷炭相容れず」は、『韓非子』に由来する言葉。
『淮南子』に語源の一部がある言葉
次の言葉は、『淮南子』の一節がそのまま言葉になったものではなく、同書にある表現が語の半分の由来になっているものです。
- 鶴は千年、亀は万年(つるはせんねん、かめはまんねん):
長寿でめでたいことのたとえ。
「鶴」の長寿は『淮南子』の「鶴寿千歳」という表現に由来するが、「亀」の長寿は『述異記』など別の書物に見られる記述に由来し、後世に対句として組み合わされた。

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