史記とは?司馬遷が著した歴史書から生まれた故事成語70語

古い石版風の見出しカード、「史記の故事成語」の文字サムネイル 特集
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『史記』は、日本語のことわざ・故事成語の出典として最も多く名前の挙がる書物です。
四面楚歌、背水の陣、完璧、左遷といった、出典を意識せずに使っている言葉が、いずれもこの一冊に行き着きます。
どんな人が何のために書いた書物なのかを先にたどり、そのうえで『史記』の記述から生まれた言葉70語を、登場する人物ごとにまとめました。

『史記』とはどんな書物か

『史記』は、前漢の司馬遷しばせんが書いた歴史書です。
伝説上の帝王である黄帝から、司馬遷と同時代の武帝までの二千年あまりを、全130巻にまとめています。
完成したのは征和年間(紀元前92年〜紀元前89年)とされ、司馬遷自身がつけた書名は『太史公書』でした。
のちに『史記』と呼ばれるようになり、そちらが一般の書名として定着しました。

司馬遷の肖像(歴代聖賢半身像、国立故宮博物院蔵)
「歴代聖賢半身像」に描かれた司馬遷(国立故宮博物院蔵)。
実際の姿を伝えるものではなく、後世の想像による伝統的な肖像画。

130巻の半分以上が人物の伝記

『史記』の130巻は、五つの部立てに分かれています。

部立て巻数書かれている内容
本紀(ほんぎ)12巻帝王を軸にした年代記
(ひょう)10巻年表
(しょ)8巻暦・音楽・祭祀・治水などの制度史
世家(せいか)30巻諸侯の家ごとの記録
列伝(れつでん)70巻個人の伝記

最も多いのは、個人の伝記である列伝の70巻です。
帝王でも諸侯でもない人物が、刺客、商人、遊侠、占い師、道化に至るまで書き分けられています。
ことわざや故事成語がこの書物から数多く生まれたのは、そうした一人一人の言動が、場面ごと会話ごとに書き留められているからです。
本紀と列伝を軸にしたこの書き方は「紀伝体」と呼ばれ、以後の中国の歴史書の型になりました。

宮刑を受けたあとに書き継がれた

司馬遷は、歴史の記録をつかさどる太史令という官職を父の司馬談しばだんから継ぎ、父の遺言どおり書物の編纂へんさんに取りかかりました。
ところが天漢2年(紀元前99年)、同じ武帝に仕える武将・李陵りりょうが匈奴に降ったことについて司馬遷が弁護の言葉を述べたため武帝の怒りを買い、翌天漢3年(紀元前98年)、宮刑に処されます。
それでも司馬遷は筆を折らず、『史記』を書き上げました。

『史記』の記述から生まれた言葉70語

『史記』に書かれた出来事や発言が、そのまま言葉になったものを集めました。
同じ人物から複数の言葉が生まれている例が多いため、登場する人物ごとに分けています。

項羽と劉邦をめぐる11語

楚の項羽と漢の劉邦が天下を争った楚漢戦争は、「項羽本紀」「高祖本紀」に詳しく書かれています。
項羽が敗れる垓下の場面からは、それだけで三つの言葉が生まれました。

  • 四面楚歌(しめんそか):
    周囲が敵ばかりで、助けもなく孤立すること。
    「項羽本紀」で、垓下に包囲された項羽が、四方の敵陣から故郷・楚の歌が聞こえてきた場面から。
  • 垓下の歌(がいかのうた):
    敗北を悟った項羽が、愛姫のとの別れに際して詠んだ詩。
    「項羽本紀」がその全文を伝えている。
  • 抜山蓋世(ばつざんがいせい):
    山を引き抜くほどの力と、世を覆うほどの気迫。
    垓下の歌の冒頭「力は山を抜き、気は世を蓋う」を四字にまとめた形。
  • 錦を衣て夜行くが如し(にしきをきてよるゆくがごとし):
    出世しても故郷の人に知られなければ意味がないということ。
    「項羽本紀」で、秦の都・咸陽を制圧した項羽が、関中に留まるよう勧める進言を退けて故郷の楚へ帰ろうとした場面から。
  • 沐猴にして冠す(もっこうにしてかんす):
    外見だけは立派だが、中身の伴わない人物をあざける言葉。
    楚へ帰る道を選んだ項羽を、進言を退けられた者がこう評し、それを聞いた項羽に殺されたと「項羽本紀」にある(『漢書』はこの人物を韓生と記す)。
  • 項荘剣を舞う、意沛公に在り(こうそうけんをまう、いはいこうにあり):
    表向きの行動とは別に、隠された狙いがあること。
    「項羽本紀」の鴻門こうもんの会で、項荘が剣舞を装って劉邦(沛公)の命を狙った場面から。
  • 先んずれば人を制す(さきんずればひとをせいす):
    先に動いた者が有利な立場に立てるということ。
    「項羽本紀」で、会稽の郡守・殷通いんとうが、項羽の叔父・項梁こうりょうに挙兵を持ちかけた際の言葉から。
  • 破釜沈船(はふちんせん):
    後戻りできない状況を自ら作って、戦いに臨むこと。
    秦の大軍と戦うため川を渡った項羽が、渡り終えると船を沈め、飯を炊く釜を壊させた逸話から。
  • 左遷(させん):
    それまでより低い地位や不遇な職場へ移されること。
    古代中国には右を尊び左を低いものとする習慣があり、『史記』にはその考え方にもとづく人事の記述が見える。
  • 寛仁大度(かんじんたいど):
    心が広く、度量が大きいこと。
    「高祖本紀」が、前漢を建てた劉邦を情け深く度量の大きい人物として描いた人物評から。
  • 両雄並び立たず(りょうゆうならびたたず):
    力の釣り合う二人の英雄は、同時には立ちゆかないということ。
    酈生れきせい伝」の「両雄ともには立たず」がもとになっている。

韓信 ― 一人の武将から生まれた13語

劉邦に仕えた名将・韓信かんしんの生涯は「淮陰侯列伝わいいんこうれつでん」にまとめられています。
無名の青年時代から、趙との戦い、天下統一後の劉邦とのやり取りまでが書かれ、『史記』の中でも最も多くの言葉を残した一巻です。

  • 背水の陣(はいすいのじん):
    一歩も退けない状況に身を置き、決死の覚悟で事に当たること。
    趙と戦った韓信が、あえて川を背にして自軍を配置した戦法から。
  • 国士無双(こくしむそう):
    国内に並ぶ者がいないほど優れた人物。
    多くの将軍が劉邦の軍から逃げ出した際、重臣の蕭何しょうかが韓信だけは手放すなと説いた言葉から。
  • 天下無双(てんかむそう):
    この世に並ぶ者がいないほど優れていること。
    「国士無双」と同じ趣旨の評で、「淮陰侯列伝」のほか「李将軍列伝」など『史記』の各所に見える言い方。
  • 韓信の股くぐり(かんしんのまたくぐり):
    大きな目的のために、目の前の恥を耐え忍ぶこと。
    「淮陰侯列伝」が伝える、貧しかった青年時代の韓信が、街のならず者の股をくぐって争いを避けた話から。
  • 解衣推食(かいいすいしょく):
    自分の衣服や食べ物を分け与えるほど、人を厚く遇すること。
    「淮陰侯列伝」で、韓信が劉邦から受けた厚遇をのちに振り返って語った言葉から。
  • 多々益善(たたえきぜん):
    多ければ多いほど都合がよいこと。
    「淮陰侯列伝」で、どれだけの兵を率いられるかと劉邦に問われた韓信が返した答えから。
  • 多々益々弁ず(たたますますべんず):
    物事は多ければ多いほどうまくこなせること。
    同じ「淮陰侯列伝」のやり取りが、日本語ではこの形でも使われる。
  • 敗軍の将は兵を語らず(はいぐんのしょうはへいをかたらず):
    負けた者は戦いについて弁解する立場にないということ。
    趙を破った韓信が、捕虜にした敵将・李左車りさしゃに助言を求めた場面から。
  • 愚者の一得(ぐしゃのいっとく):
    愚かな者の考えにも、一つはよい案があるということ。
    「淮陰侯列伝」の、韓信と李左車のやり取りに出てくる言葉。
  • 千慮の一失(せんりょのいっしつ):
    賢い人の考えにも、一つは誤りがあるということ。
    同じ李左車の言葉のうち、賢者の側を言ったもの。
  • 千慮の一得(せんりょのいっとく):
    愚かな者でも、考え抜けば一つはよい知恵が出るということ。
    「千慮の一失」と対になって使われる。
  • 時は得難くして失い易し(ときはえがたくしてうしないやすし):
    好機はつかみにくく、逃しやすいということ。
    「淮陰侯列伝」で、策士の蒯通かいとうが韓信に決断を促した言葉から。
  • 中原に鹿を逐う(ちゅうげんにしかをおう):
    有力者が天下の覇権を争うこと。
    韓信に独立を勧めた蒯通が、のちに劉邦の前で自らの進言を語った場面から。

秦の始皇帝と、秦を倒した人々の6語

始皇帝の死後に起きた出来事と、秦を倒す側に回った人々の言葉です。
反乱を起こした陳勝は字を渉といい、『史記』では「陳渉世家」の名で伝が立てられています。

  • 鹿を指して馬と為す(しかをさしてうまとなす):
    権力を笠に着て、誤りを無理に押し通すこと。
    始皇帝の死後に実権を握った宦官・趙高ちょうこうが、鹿を馬だと言い張って群臣を試した話から。
  • 一字千金(いちじせんきん):
    文章や筆跡が、一字に千金の値があるほど優れていること。
    秦の宰相・呂不韋りょふいが『呂氏春秋』を都・咸陽の市門に掲げ、一字でも改められる者には千金を与えると告げた話から。
  • 奇貨居くべし(きかおくべし):
    得がたい好機は逃さず利用すべきだということ。
    「呂不韋列伝」で、趙に人質となっていた秦の王子・子楚しそに目をつけた商人・呂不韋の判断から。
  • 王侯将相いずくんぞ種あらんや(おうこうしょうしょういずくんぞしゅあらんや):
    高い地位は家柄で決まるものではないということ。
    「陳渉世家」で、秦末に反乱を起こした陳勝ちんしょうが仲間を鼓舞した呼びかけから。
  • 燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや(えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや):
    小人物には大人物の志が分からないということ。
    同じ「陳渉世家」が伝える、雇われ農夫だった若き日の陳勝の言葉。
  • 虎口を逃れる(ここうをのがれる):
    きわめて危険な状態から、かろうじて抜け出すこと。
    「叔孫通伝」で、反乱の報に正直に答えた学者が処罰され、言葉を選んだ叔孫通しゅくそんとうだけが罰を免れた話から。

戦国の遊説家たち ― 弁舌が国を動かした7語

戦国時代には、諸国を渡り歩いて君主に外交策を売り込む遊説家たちがいました。
蘇秦そしん張儀ちょうぎ范雎はんしょ蔡沢さいたくらの説得の言葉が、そのまま故事成語になっています。

  • 鶏口となるも牛後となるなかれ(けいこうとなるもぎゅうごとなるなかれ):
    大組織の末端にいるより、小組織の長になるほうがよいということ。
    「蘇秦列伝」で、秦の属国になろうとする韓の王を蘇秦が引き止めた言葉から。
  • 大鳥の尾より小鳥の頭(おおとりのおよりことりのあたま):
    大きな集団で従うより、小さな集団でも頭になるほうがよいということ。
    同じ蘇秦の説得を、日本のことわざの形に言い換えたもの。
  • 群羊を駆って猛虎を攻む(ぐんようをかってもうこをせむ):
    弱い者をいくら集めても、強い相手にはかなわないということ。
    「張儀列伝」で、他国との同盟に頼る楚の王を張儀が説いた言葉から。
  • 切歯扼腕(せっしやくわん):
    歯を食いしばり腕を握りしめるほど、激しく怒り悔しがること。
    「張儀列伝」に出てくる一節から生まれた。
  • 遠交近攻(えんこうきんこう):
    遠国と結び、近国を攻める策。
    「范雎蔡沢列伝」で、范雎が秦の王に献じた外交策から。
  • 月満つれば則ち虧く(つきみつればすなわちかく):
    物事は絶頂を過ぎれば衰えるということ。
    「蔡沢伝」で、蔡沢が宰相の范雎に引退を勧めた言葉から。
  • 累卵の危(るいらんのあやうき):
    卵を積み上げたように、いつ崩れてもおかしくない危険な状態。
    遊説家が王に危機感を抱かせるために用いた比喩が『史記』に記された。

趙の人々 ― 藺相如と平原君をめぐる10語

趙の使者・藺相如りんしょうじょが、秦の王から国宝の玉を守り抜いた一件は「廉頗藺相如列伝」に書かれています。
この一巻からは、玉そのものを指す言葉、藺相如の怒り、彼と廉頗れんぱの友情、そして廉頗をめぐる人間関係が、それぞれ別の言葉になりました。

  • 完璧(かんぺき):
    欠点や不足がなく、見事に整っていること。
    趙の名宝「和氏かしへき」を、藺相如が傷一つなく持ち帰った逸話から。
  • 刎頸の交わり(ふんけいのまじわり):
    互いのために首を斬られても悔いないほどの、固い友情。
    「廉頗藺相如列伝」が伝える、藺相如と廉頗が対立を越えて結んだ交わりから。
  • 市道之交(しどうのまじわり):
    損得だけで成り立つ、うわべの交友。
    「廉頗藺相如列伝」で、権勢を失った廉頗のもとを去った食客が、のちに戻ってきた理由を「天下は市場の取引のような付き合い方をするものだ」と語ったことから。
  • 怒髪天を衝く(どはつてんをつく):
    髪が逆立つほど激しく怒ること。
    玉をだまし取られそうになった藺相如が、秦の王に激怒した場面から。
  • 怒髪衝天(どはつしょうてん):
    同じ場面から生まれた四字熟語の形。
    「廉頗藺相如列伝」の記述にもとづく。
  • 知勇兼備(ちゆうけんび):
    知恵と勇気を兼ね備えていること。
    秦の圧力に屈せず玉を守った藺相如を評した言葉にもとづくとされる。
  • 九鼎大呂(きゅうていたいりょ):
    きわめて貴重で重みのある物事のたとえ。
    「平原君虞卿列伝」で、趙の平原君が楚との同盟を成功させた食客の働きをこう讃えたことから。
  • 嚢中の錐(のうちゅうのきり):
    優れた人物は、埋もれていても自然に頭角を現すということ。
    使者に加える人選をしていた平原君へいげんくんが、毛遂もうすいを袋の中の錐にたとえて退けようとしたところ、毛遂が「その錐を袋に入れてほしい」と切り返して同行を認めさせた話から。
  • 舌先三寸(したさきさんずん):
    口先だけで中身の伴わない言葉。
    もとは一国を動かすほどの弁舌を指す「三寸の舌」という言い方で、日本語では意味が裏返って使われている。
  • 紙上談兵(しじょうだんぺい):
    理論だけで実行の伴わない議論。
    兵法書を読み議論では負けなかった趙括ちょうかつが、実戦では大敗した話から。

斉・呉越の人々から生まれた6語

斉や呉越の国の人々にまつわる話から生まれた言葉です。
春秋から戦国にかけての出来事が並び、友情を語るもの、復讐を語るもの、身の引き方を語るものがあります。

  • 管鮑の交わり(かんぽうのまじわり):
    利害を越えて互いを理解し合う、深い友情。
    斉の管仲かんちゅう鮑叔ほうしゅくの生涯にわたる関係から。
  • 意気揚々(いきようよう):
    得意げで誇らしげな様子。
    「管晏列伝」で、名宰相・晏嬰あんえいに仕える御者が誇らしげに馬車を操っていた場面から。
  • 鶏鳴狗盗(けいめいくとう):
    つまらない技能でも役に立つことがあるということ。
    秦に捕らえられた孟嘗君もうしょうくんが、鶏の鳴き真似と盗みの得意な食客のおかげで脱出できた話から。
  • 日暮れて道遠し(ひくれてみちとおし):
    期限が迫っているのに、目的はまだ遠いこと。
    「伍子胥列伝」の、復讐に生涯を費やした呉の将軍・伍子胥ごししょの逸話から。
  • 死屍に鞭打つ(ししにむちうつ):
    亡くなった人の生前をとがめること。
    同じ「伍子胥列伝」で、伍子胥が父と兄の仇である楚の平王の墓を掘り返した話から。
  • 狡兎死して走狗煮らる(こうとししてそうくにらる):
    用が済めば、功績のあった者も切り捨てられるということ。
    越王・勾践こうせんに仕えた范蠡はんれいが、同僚の大夫種たいふしょうに宛てた手紙の中で身の引き際を説いた言葉から。

李広 ― 弓の名手をめぐる4語

前漢の武将・李広りこうは「李将軍列伝」に描かれています。
虎と見誤って岩を射た逸話は、日本語では三つの別の言い方になりました。

  • 石に立つ矢(いしにたつや):
    強い意志があれば、不可能に思えることも成し遂げられるということ。
    「李将軍列伝」で、虎と思って必死に射た李広の矢が、実は岩に深く突き刺さっていた話から。
  • 一念通天(いちねんつうてん):
    一心に思い込めば、事は成るということ。
    同じ李広の逸話にもとづく四字熟語。
  • 念力岩をも通す(ねんりきいわをもとおす):
    強い意志で励めば、どんな困難も越えられるということ。
    矢が岩を貫いたという同じ話を、日本のことわざの形にしたもの。
  • 桃李成蹊(とうりせいけい):
    徳のある人のもとには、自然と人が集まるということ。
    「李将軍列伝」で、司馬遷が李広の人柄を評するのに「桃李言わざれども、下自ずから蹊を成す」という古い言葉を引いたことから。

そのほかの人々の13語

『史記』には、帝王や将軍だけでなく、商人、刺客、遊侠、占い師、道化まで記録されています。
次の言葉は、本紀・世家・列伝を問わず、そうした人々の暮らしや人づき合いの描写から生まれました。

  • 門前雀羅を張る(もんぜんじゃくらをはる):
    訪ねる人もなく、ひっそり寂れている様子。
    「汲鄭列伝」が伝える、翟公てきこうの屋敷が罷免後に人の寄りつかなくなった話から。
  • 素封家(そほうか):
    官職も爵位もないが、領主に並ぶ富を持つ人。
    商人たちを書いた「貨殖列伝」に出てくる「素封」という言葉から。
  • 義侠心(ぎきょうしん):
    正義を重んじ、困っている人を助けようとする心。
    権力や法に縛られず生きた「任侠」の人々を書いた「遊侠列伝」にさかのぼる。
  • 知己(ちき):
    自分を深く理解してくれる人。
    「刺客列伝」で、主君の智伯ちはくに才を見いだされた豫譲よじょうが、その死後も報いようとした話にもとづくとされる。
  • 一諾千金(いちだくせんきん):
    一度の約束を千金の重さと考え、必ず守ること。
    項羽の部将だった季布きふの、義理堅さで知られた人柄から。
  • 傍若無人(ぼうじゃくぶじん):
    周囲を気にせず勝手に振る舞うこと。
    刺客の荊軻けいかの様子を「傍らに人無きが若し」と書いた記述にもとづくとされる。
  • 肩を持つ(かたをもつ):
    対立する一方の味方をすること。
    「呂后本紀」で、反乱を鎮めようとした将軍・周勃しゅうぼつが、味方する者に左肩を脱いで見せるよう命じた話から。
  • 夜郎自大(やろうじだい):
    自分の力量を知らず、いばっていること。
    外の国との交流がなく、自国を大きいと思い込んでいた夜郎やろうという国の話から。
  • 酒池肉林(しゅちにくりん):
    贅沢を尽くした盛大な酒宴。
    殷の紂王ちゅうおうが、庭園の池を酒で満たし、木々に肉を吊るして林に見立てた宴から。
  • 禍福は糾える縄の如し(かふくはあざなえるなわのごとし):
    幸と不幸はよりあわせた縄のように、交互にやってくるということ。
    「南越伝」で、漢への服属をめぐって王と対立し反乱を起こした丞相・呂嘉りょかの顛末を、司馬遷が「成り行きの転じ方は、縄をより合わせるようなものだ」と評したことから。
  • 天寿を全うする(てんじゅをまっとうする):
    授かった寿命を使い切って死ぬこと。
    「楚世家」で、重い病に伏した楚の昭王が枕元の家臣たちに語った場面に「天寿」が出てくる。
  • 韋編三絶(いへんさんぜつ):
    書物を繰り返し読み、熱心に学ぶこと。
    「孔子世家」で、晩年の孔子が易を愛読し、竹の札を綴じた革ひもが何度も切れたと書かれていることから。
  • 握髪吐哺(あくはつとほ):
    人材を求めることに熱心なこと。
    「魯周公世家」で、周公旦が洗髪や食事の途中でも客を迎えたと語ったことから。

『史記』に語の一部が見える言葉22語

次の言葉は、『史記』の記述がそのまま言葉になったものではありません。
四字のうち二字だけが『史記』に見える、あるいは『戦国策』や『孔子家語』など複数の書物に同じ内容が載っている、という関わり方です。
意味と、どの部分が『史記』にあるのかを添えました。

  • 良薬は口に苦し(りょうやくはくちににがし):
    ためになる忠告は、聞くのがつらいものだということ。
    『史記』は「毒薬は口に苦いが病に効き」という形でこの一節を伝え、『孔子家語』では「良薬」の形になっている。
  • 忠言耳に逆らう(ちゅうげんみみにさからう):
    真心からの忠告ほど、聞く側には受け入れにくいということ。
    上と同じ一節の後半にあたる言い方で、こちらも『史記』と『孔子家語』に見える。
  • 傾耳注目(けいじちゅうもく):
    耳を傾け目を注いで、一心に集中する様子。
    『史記』と『戦国策』に「耳を傾けて聴く」「側目して視る」といった表現がある。
  • 合従連衡(がっしょうれんこう):
    利害に応じて手を結んだり離れたりすること。
    戦国の国々が実際にたどったその動きが、『史記』と『戦国策』の両方に記されている。
  • 高枕で寝る(たかまくらでねる):
    心配事がなくなり、安心して眠ること。
    孟嘗君の食客・馮諼ふうけんが高枕して憂いなく過ごせる算段を整えた逸話に由来する。
    この場面自体は『戦国策』にあり、馮驩という同一人物(史記での表記)は『史記』にも登場する。
  • 高枕安眠(こうちんあんみん):
    不安がなく、安らかに眠ること。
    上と同じ逸話をもとにした四字熟語。
  • 四分五裂(しぶんごれつ):
    まとまっていたものが、いくつにも分かれてばらばらになること。
    『戦国策』「魏策」と『史記』「張儀列伝」の両方に見える。
  • 侃々諤々(かんかんがくがく):
    臆せずに自分の考えを述べ、活発に議論する様子。
    『論語』の「侃侃如也」と、『史記』の「一士の諤々」を組み合わせた形。
  • 不老不死(ふろうふし):
    年をとらず、死ぬこともないこと。
    神仙思想にもとづく言葉で、『史記』には始皇帝が徐福じょふくに不老不死の薬を求めさせた記述がある。
  • 不老長寿(ふろうちょうじゅ):
    老いることなく、長く生きること。
    上と同じ徐福の記述と神仙思想を背景に持つ。
  • 文武両道(ぶんぶりょうどう):
    学芸と武道の両方に優れていること。
    『史記』に「文事ある者は必ず武備あり」という孔子の言葉が出てくる。
  • 熟慮断行(じゅくりょだんこう):
    十分に考え抜いたうえで、思い切って実行すること。
    「断行」の背景に、『史記』の「断じてこれを行えば、鬼神もこれを避く」がある。
  • 四通八達(しつうはったつ):
    道が四方八方へ通じていて、行き来に便利なこと。
    「酈生陸賈列伝」に「四通五達の郊」という言い方が出てくる。
  • 抱腹絶倒(ほうふくぜっとう):
    腹をかかえ、ひっくり返るほど大笑いすること。
    「抱腹」のもとの形である「捧腹」が、占い師を書いた「日者列伝」に出てくる。
  • 落花狼藉(らっかろうぜき):
    花が散り乱れるように、物が乱雑に散らばっているさま。
    また、女性や子供に乱暴を働くこと。
    「狼藉」が「滑稽列伝」に「杯盤狼藉」の形で出てくる。
  • 阿諛迎合(あゆげいごう):
    気に入られようとしてへつらい、自分の考えを曲げて調子を合わせること。
    「阿諛」が「封禅書」に出てくる。
  • 論功行賞(ろんこうこうしょう):
    功績の大小を論じ定めて、それに応じた賞を与えること。
    「論功」は「蕭相国世家」に、「行賞」は『史記』の他の巻にも『礼記』にも見える言葉。
  • 万死一生(ばんしいっしょう):
    まず助からないほど危険な状態。
    またそこからかろうじて命が助かること。
    「陳余伝」に「万死に出でて一生を顧みざるの計」という言い方が見える。
  • 不羈奔放(ふきほんぽう):
    束縛を受けず、思うままに振る舞うこと。
    「羈」は馬の手綱を指し、「不羈」は「魯仲連鄒陽列伝」の「不羈の士」という形で『史記』に出てくる。
  • 咬牙切歯(こうがせっし):
    激しい怒りや悔しさから、歯を食いしばること。
    「切歯」だけなら『史記』に見えるが、四字そろった形は明代の白話小説で使われた。
  • 罵詈雑言(ばりぞうごん):
    汚い言葉を並べて、相手を激しくののしること。
    「罵詈」は、魏豹ぎひょうが劉邦を評した場面に出てくる。
  • 罵詈讒謗(ばりざんぼう):
    口ぎたなくののしり、あらん限りの悪口を言うこと。
    上と同じ「罵詈」をもとにした四字熟語。

『史記』が出典とされやすいが、そうでない言葉

『史記』ほど有名な書物になると、実際には別のところから来た言葉まで出典として結びつけられます。
次の三語は、『史記』由来として紹介されることがありますが、当てはまりません。

  • 九牛の一毛(きゅうぎゅうのいちもう):
    取るに足りないわずかなもののたとえ。
    出典は、司馬遷が友人の任少卿じんしょうけいに送った手紙「報任少卿書」で、『史記』本体の記述ではない。
    書き手が同じであるために結びつけられやすい。
  • 一攫千金(いっかくせんきん):
    一度の機会で、苦労せずに莫大な利益を手に入れること。
    近代以降の日本で定着した四字熟語で、『史記』に出典はない。
    「一字千金」「一飯千金」との混同から、『史記』由来という説が流れている。
  • 雲外蒼天(うんがいそうてん):
    困難を乗り越えた先には、明るい先行きが待っているということ。
    『史記』にも『論語』にも、この語の出典は確認されていない。

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