『戦国策』は、『論語』『孟子』『荘子』『老子』『韓非子』と並ぶ中国古典でありながら、特定の思想家ではなく、戦国時代に活躍した策士たちの弁舌と駆け引きを集めた書物です。
漁夫の利、蛇足、虎の威を借る狐といった言葉の多くが、この書物にたどり着きます。
まず『戦国策』という書物の姿をたどり、そのうえで書物の記述から生まれた言葉18語と、語源の一部にある言葉1語をまとめました。
『戦国策』とはどんな書物か
縦横家たちの言行録
『戦国策』には、他の諸子百家の書物と違い、特定の著者や思想家がいません。
戦国時代(紀元前5世紀ごろ―前221年)、秦をはじめとする大国が覇権を争うなか、各国の王に外交策を説いて回った「縦横家」と呼ばれる策士たちの言行が記録されています。
なかでも有名なのが、燕・趙など六国を南北に同盟させて秦に対抗する「合従」を説いた蘇秦と、その同盟を切り崩し秦と個別に手を組ませる「連衡」を説いた張儀です。
史実を伝える記録というより弁舌の巧みさを競う読み物としての性格が強く、後世の創作や誇張が多く含まれているとも指摘されています。
前漢の劉向が33篇にまとめた書物
現在の形の『戦国策』は、前漢の学者・劉向(紀元前77年ごろ―前6年)が、宮中の書庫に散らばっていた『国策』『国事』『事語』『短長』などと呼ばれる竹簡をまとめ、年代順に整理して名付けたものです。
東周・西周に始まり、秦・斉・楚・趙・魏・韓・燕・宋衛・中山という国別に全33篇で構成され、劉向による校訂作業は20年近くに及んだと伝えられています。
後漢の高誘が注釈をつけましたが、その多くは失われ、現在伝わる形は北宋の曾鞏が改めて校訂したものです。
『戦国策』に由来する故事成語18語
『戦国策』に記された寓話や策士の言葉が、そのまま日本語の言い回しになったものを集めました。
同じ寓話から生まれた2組4語
- 鷸蚌の争い(いっぽうのあらそい):
両者が争っているすきに、第三者に利益を横取りされること。
シギがハマグリを食べようとくちばしで突いたところ、ハマグリが殻を閉じてくちばしを挟み込み、どちらも譲らずにいるうちに、通りかかった漁師に二匹まとめて捕らえられたという「燕策」の寓話から。趙が燕を攻めようとした際、燕の使者・蘇代が「両国が争えば秦に利益を奪われる」と諫めるために語った。 - 漁夫の利(ぎょふのり):
両者が争っている間に、第三者が苦労せずに利益を横取りすること。
前項と同じ寓話に由来し、争っていた二者を捕らえた「漁師」の側に着目した言い方。 - 画蛇添足(がだそく):
余計な付け足しをして、かえって失敗すること。
楚の国で、蛇の絵を一番早く描いた者が酒を飲めるという競争で、最初に描き終えた男が余裕を見せて蛇に足を描き足したところ、「蛇に足はない」と酒を横取りされたという「斉策」の故事から。 - 蛇足(だそく):
不要な付け足し。
前項と同じ故事に由来する言い方で、日本ではこちらのほうが広く使われる。
蘇秦・張儀と合従連衡をめぐる5語
- 合従連衡(がっしょうれんこう):
状況に応じて結んだり離れたりする、計算高い駆け引き。
秦の脅威に対し、六国を同盟させる「合従」を説いた蘇秦と、その同盟を切り崩し秦と個別に結ぶ「連衡」を説いた張儀の、対照的な外交戦略から。 - 積羽沈舟(せきうちんしゅう):
小さなものでも積み重なれば、大きな力になるということ。
張儀が魏の王を説得する際、羽根も積もれば舟を沈め、軽い荷も束になれば車軸を折ると説いた「魏策」の一節から。 - 麒麟も老いては駑馬に劣る(きりんもおいてはどばにおとる):
優れた人物も年老いれば、凡人にも劣るようになるということ。
蘇秦が斉の閔王を説く場面で引いた「騏驥(名馬)も老いては駑馬に劣る」という「斉策」のことわざから。日本では「騏驥」に「麒麟」の字が当てられて定着した。 - 禍を転じて福と為す(わざわいをてんじてふくとなす):
災難をうまく利用して、かえって幸福な結果に導くこと。
蘇秦が燕の王に語った「聖人の事を制するや、禍を転じて福と為し、敗に因りて功を為す」という「燕策」の一節から。 - 四分五裂(しぶんごれつ):
秩序なく、ばらばらに分裂すること。
張儀が魏の王に、どの国と同盟しても別の国から攻められる魏の不利な立場を「四分五裂の道なり」と説いた「魏策」の言葉から。
燕の昭王の人材登用2語
- 先ず隗より始めよ(まずかいよりはじめよ):
大事を始めるには、まず手近なところから着手すべきだということ。
国の再興のため人材を求めた燕の昭王に、家臣の郭隗が「まずは凡人の私を厚遇してください。そうすれば私以上の賢者が自然と集まります」と答えた「燕策」の故事から。 - 死馬の骨を買う(しばのほねをかう):
まず小さな実績を示すことで、優れた人材や協力者を呼び込むこと。
郭隗が「先ず隗より始めよ」の前段として語った、死んだ名馬の骨をあえて高値で買い取ったところ、生きた名馬が集まってきたという「燕策」の寓話から。
権勢と処世をめぐる4語
- 虎の威を借る狐(とらのいをかるきつね):
自分に実力がないのに、強者の権威を借りて威張ること。
虎に捕まった狐が「自分は天帝に百獣の王と任じられた」と偽り、虎を後ろに従えて森を歩き、動物たちが逃げ出す様子を見せつけて虎をだましたという「楚策」の故事から。 - 高枕安眠(こうちんあんみん):
心配事がなく、安心してぐっすり眠れること。
策士たちが王に同盟や守備の策を献じ、「これでもう枕を高くして眠れます」と説いた故事から。 - 高枕で寝る(たかまくらでねる):
安心しきって、警戒を怠ること。
斉の策士・馮諼が、主君・孟嘗君の地位を三重に固めたのち、「もう安心して高枕で休んでください」と報告した故事から。 - 門前市を成す(もんぜんいちをなす):
権勢や人気があって、訪ねてくる人が多いこと。
斉の威王が自分の過ちを指摘した者に褒美を与えると布告したところ、意見を述べようとする人々が宮廷に殺到し、門前が市場のように賑わったという故事から。
戒めと武勇の逸話3語
- 亡羊補牢(ぼうようほろう):
失敗した後でも、すぐに手を打てば間に合うということ。
楚の荘辛が、王に「兎を見てから猟犬を放っても遅くはなく、羊が逃げてから囲いを直しても遅くはない」と説いた「楚策」の言葉から。 - 傷弓の鳥(しょうきゅうのとり):
一度受けた痛手が忘れられず、わずかな刺激にも過敏に反応してしまうこと。
弓の名人・更羸が、矢をつがえず弦を鳴らしただけで、かつて矢傷を負った雁を落としてみせたという「楚策」の故事から。 - 百発百中(ひゃっぱつひゃくちゅう):
矢や弾丸が、放つたびにすべて命中すること。転じて、予想や計画がすべて的中すること。
弓の名手・養由基が、百歩離れた柳の葉を百回中百回射抜いたという故事から。
『戦国策』に語源の一部がある言葉
次の言葉は、『戦国策』の一節がそのまま言葉になったものではなく、同書にある表現が背景の一つとして伝わっているものです。
- 傾耳注目(けいじちゅうもく):
強い関心や警戒を持って、事の推移を見守ること。
「耳を傾け、目を注ぐ」という言い回しは、『史記』や『戦国策』に見える「傾耳而聴」(耳を傾けて聴く)などの記述に通じるが、四字熟語としての形は三国時代の曹植が著した『陳審挙表』に見られるもので、『戦国策』の一節がそのまま四字熟語になったわけではない。

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