『孫子』は、『論語』『孟子』『荘子』『老子』『韓非子』『戦国策』『春秋左氏伝』『列子』『淮南子』と並ぶ中国古典でありながら、思想ではなく実戦のための知恵を説いた、現存する中国最古の兵法書です。
風林火山、呉越同舟、虚虚実実といった言葉の多くが、この書物にたどり着きます。
まず『孫子』という書物の姿をたどり、そのうえで書物の記述から生まれた言葉5語と、語源の一部にある言葉1語をまとめました。
『孫子』とはどんな書物か
孫武という人物、女官たちを鍛えた逸話
孫武(孫子、生没年不詳)は、斉の生まれで、のちに呉王闔閭に仕えた将軍・兵法家です。
『史記』によれば、闔閭は孫武が著した兵法十三篇を読んで感服し、実際に軍を指揮させてその力量を試そうとしました。
孫武は闔閭の後宮の女官180人を二隊に分け、闔閭お気に入りの側室二人を隊長に任命して訓練を始めましたが、女官たちは号令に従わず笑うばかりでした。
孫武は「指示が徹底していなかった自分の落ち度」として号令をやり直しましたが、それでも女官たちが笑ったため、今度は隊長二人を処刑しようとします。
闔閭が慌てて止めましたが、孫武は「一度将軍として軍を預かった以上、君命であっても従えないことがある」と述べて処刑を強行し、以後、女官たちは寸分たがわず号令に従うようになったと伝えられています。
十三篇の構成、孫臏兵法との混同と決着
『孫子』は、「計」「作戦」「謀攻」「形」「勢」「虚実」「軍争」「九変」「行軍」「地形」「九地」「火攻」「用間」の全13篇からなる、簡潔で体系立った兵法書です。
『史記』には、孫武の子孫とされる孫臏という兵法家も登場するため、長らく『孫子』が孫武と孫臏のどちらの著作か、あるいは後世の偽作かをめぐって議論が続いていました。
しかし1972年、山東省銀雀山の前漢時代の墓から、現行の『孫子』十三篇と、これとは別の『孫臏兵法』の竹簡がともに出土したことで、両者は別人による別々の兵法書であることが確認され、議論に決着がつきました。
『孫子』に由来する故事成語5語
『孫子』に記された一節が、そのまま日本語の言い回しになったものを集めました。
戦いの心構え3語
- 風林火山(ふうりんかざん):
軍を進める際の心構え。転じて、物事に取り組む姿勢のたとえ。
「其の疾きこと風の如く、その徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し」という「軍争篇」の一節から。武田信玄が旗指物にこの原文を記したことで広く知られるようになった。 - 正々堂々(せいせいどうどう):
態度や手段が正しく、立派であること。
「正々の旗を邀えることなく、堂々の陣を撃つことなし」(陣容が整然とし威風堂々とした敵には、むやみに攻撃を仕掛けてはならない)という「軍争篇」の一節から。 - 虚虚実実(きょきょじつじつ):
互いに手の内を探り合い、知略の限りを尽くして戦う様子。
「兵の形は実を避けて虚を撃つ」(軍を動かす際は、相手の備えが堅い所を避けて手薄な所を攻めるべきだ)という「虚実篇」の一節から。
勝敗をめぐる教え2語
- 呉越同舟(ごえつどうしゅう):
仲の悪い者同士でも、共通の危機や目的の前では協力し合うこと。
長年争ってきた呉と越の人が同じ舟に乗り合わせ、嵐に遭えば、互いの恨みを忘れて左右の手のように協力するはずだと説いた「九地篇」の一節から。 - 百戦百勝(ひゃくせんひゃくしょう):
戦うたびに、必ず勝つこと。
「百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり」(百回戦って百回勝つのは立派に見えるが、自軍にも損害が及ぶため最善とはいえない)という「謀攻篇」の一節から。戦わずして勝つことこそ最上とする孫子本来の主張とは裏腹に、後世では単純に無敵の強さを称える言葉として定着した。
『孫子』に語源の一部がある言葉
次の言葉は、『孫子』の一節がそのまま言葉になったものではなく、同書にある表現が語の半分の由来になっているものです。
- 百戦錬磨(ひゃくせんれんま):
数多くの実戦や経験を積んで、鍛え上げられていること。
「彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず」という「謀攻篇」の一節から「百戦」の部分が定着したもので、金属を鍛え磨く「錬磨」は『孫子』とは別に組み合わされた言葉。

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