『易経』は、これまでの思想書や歴史書とは違い、占いの原理を説いた五経の一つです。
窮すれば通ず、虎視眈々、一陽来復といった言葉の多くが、この書物にたどり着きます。
まず『易経』という書物の姿をたどり、そのうえで書物の記述から生まれた言葉14語と、語源の一部にある言葉2語をまとめました。
『易経』とはどんな書物か
伏羲・文王・周公・孔子、四人の聖人による成立伝説
『易経』(『周易』とも)は、伝説上、四人の聖人の手を経て成立したとされています。
まず伝説の帝王伏羲が「陰」と「陽」の組み合わせからなる8種類の基本図形「八卦」を考案し、これを2つずつ組み合わせた64種類の「六十四卦」に、周の文王が一つひとつの意味(卦辞)を付けたと伝えられています。
さらに文王の子である周公が、卦を構成する6本の線それぞれに意味(爻辞)を加え、最後に孔子が「十翼」と呼ばれる10篇の解説(繋辞伝・彖伝・象伝・文言伝など)を著したとされます。
現代の文献学では、十翼は孔子個人の作ではなく、戦国時代から前漢にかけて儒家の学派が段階的にまとめたものと考えられています。
孔子が晩年『易経』を愛読し、竹簡を綴じた革ひもが3度も擦り切れるほど読み込んだという「韋編三絶」の逸話(『史記』孔子世家)は、この書物の奥深さを物語っています。
陰陽二爻が織りなす六十四卦の体系
『易経』の体系は、「陽」を表す一本線と「陰」を表す二本の短い線、この2種類の記号(爻)を3本重ねた「八卦」を土台にしています。
八卦どうしをさらに2つ組み合わせると、6本の線からなる「六十四卦」ができあがります。
それぞれの卦には、自然現象や人事になぞらえた意味と、吉凶を占うための言葉(卦辞・爻辞)が付けられており、これをもとに未来を占うのが本来の使い方でした。
同時に、変化や対立、調和といった宇宙の根本原理を説く哲学書としての性格も強く持ち、儒教の基本経典「五経」(易経・書経・詩経・礼記・春秋)の筆頭に数えられています。
『易経』に由来する故事成語14語
『易経』の卦辞・爻辞や、それを解説した「十翼」の一節が、そのまま日本語の言い回しになったものを集めました。
同類が引き合う理2語
- 類を以て集まる(るいをもってあつまる):
性質の似たものどうしは、自然と寄り集まるということ。
「方は類を以て聚まり、物は群を以て分かる」という「繋辞上伝」の一節から。 - 類は友を呼ぶ(るいはともをよぶ):
気の合う者どうしは、自然と集まってくるということ。
前項と同じ「繋辞上伝」にある「方は類を以て聚まり、物は群を以て分かたる」という記述が直接の出典と考えられている。
危険と警戒をめぐる3語
- 虎の尾を踏む(とらのおをふむ):
非常に危険な行いをすることのたとえ。
「虎の尾を履む、人を咥わず、亨る」(虎の尾を踏んでも、噛みつかれさえしなければうまくいく)という一節から。もとは慎重さを説く言葉だった。 - 虎視眈々(こしたんたん):
機会をうかがい、鋭い眼光で狙いを定めている様子。
虎が獲物を狙う鋭い眼光と、飽くなき意欲を表した一節から。もとは権力者の強欲な姿勢を戒める言葉だった。 - 羝羊触藩(ていようしょくはん):
勢いにまかせて無理に進もうとして、身動きが取れなくなること。
「羝羊、藩に触れ、退くこと能わず、遂ぐること能わず」(牡羊が角を垣根に引っ掛け、進退窮まる)という「大壮」の一節から。
行き詰まりからの転換2語
- 窮すれば通ず(きゅうすればつうず):
行き詰まった状況も、極まれば必ず打開の道が開けるということ。
「窮すれば則ち変じ、変ずれば則ち通じ、通ずれば則ち久し」という「繋辞下伝」の一節から。 - 一陽来復(いちようらいふく):
悪いことが続いたあと、ようやく物事が良い方向に向かうこと。
陰の気が極まる冬至を表す卦「地雷復」が、底から一つの陽が生まれてくる形をしていることから。冬至を境に太陽の力が再び強まっていく様子にちなむ。
変化と人柄をめぐる2語
- 君子は豹変す(くんしはひょうへんす):
優れた人物は、過ちに気づけばはっきりと態度や考えを改めるということ。
「君子豹変、小人革面」(君子は豹の毛皮の模様のようにはっきりと過ちを改めるが、小人は表面だけを取り繕う)という「革卦」の一節から。 - 内柔外剛(ないじゅうがいごう):
内面は穏やかだが、外見や態度は強く見えること。
「内柔にして外剛」という「否」の卦にある記述から。
積み重ねの理2語
- 一朝一夕(いっちょういっせき):
わずかな期間のこと。多く、打ち消しの語を伴って「長い年月」の意味で使う。
「臣にしてその君を弑し、子にしてその父を弑するは、一朝一夕の故にあらず」(大事は、ある日突然起きるものではない)という「坤・文言伝」の一節から。 - 積善の家には余慶あり(せきぜんのいえにはよけいあり):
善い行いを積み重ねた家には、その報いとして子孫にまで幸福が及ぶということ。
「積善の家には必ず余慶あり、積不善の家には必ず余殃あり」という、前項と同じ「坤・文言伝」の一節から。
結びつきと資質をめぐる3語
- 断金の交わり(だんきんのまじわり):
金属をも断ち切るほど、固く結ばれた友情のこと。
「二人同心、その利は金を断つ」(二人が心を同じくすれば、その鋭さは金属をも断ち切る)という「繋辞上伝」の一節から。三国時代の孫策と周瑜の友情を称える言葉としても有名になった。 - 雲は竜に従い、風は虎に従う(くもはりゅうにしたがい、かぜはとらにしたがう):
優れたリーダーのもとには、自然とそれにふさわしい人材が集まるということ。
「同声相応じ、同気相求む。……雲は竜に従い、風は虎に従う」という「乾」の卦にある一節から。 - 聡明叡知(そうめいえいち):
非常に知性に優れ、物事の道理をよく理解していること。
聖人が備えるべき資質として、よく聞き分ける「聡」、よく見分ける「明」、道理に通じる「叡」、物事を知り尽くす「知」を挙げた「繋辞上」の記述から。
『易経』に語源の一部がある言葉
次の言葉は、『易経』の一節がそのまま言葉になったものではなく、同書にある一文字・一語が語の半分の由来になっているものです。
- 温厚篤実(おんこうとくじつ):
穏やかで誠実な人柄のこと。
「篤実」は「剛健篤実、輝光日新其徳」という「大畜」の彖伝に由来するが、「温厚」は別に付け加えられた語で、四字がそろった形は南宋の『朱子語類』などに見える。 - 無知蒙昧(むちもうまい):
物事の道理をわきまえず、愚かなこと。
「蒙」は、生まれたばかりの子供のような未熟な状態を指す「蒙」の卦に由来するが、「無知」「昧」は別に付け加えられた語。


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