老子とは?無為自然を説く思想書から生まれた故事成語10語

石積みの背景に「老子の故事成語」の文字と特集の印 特集
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『老子』は、『論語』『孟子』『荘子』と並ぶ諸子百家の書物でありながら、著者とされる人物の実在すら定かでない、謎の多い思想書です。
大器晩成、足るを知る、和光同塵といった言葉の多くが、この書物にたどり着きます。
まず『老子』という書物の姿をたどり、そのうえで書物の記述から生まれた言葉10語と、語源の一部にある言葉3語をまとめました。

『老子』とはどんな書物か

老子という人物

老子ろうし(生没年不詳)は、中国・春秋時代の思想家とされ、道家の始祖とされる人物です。
『史記』の「老子韓非列伝」によれば、姓は李り、名は耳じ、字は耼たんといい、楚の苦県こけん(現在の河南省)の生まれで、周の書庫を管理する役人を務めたと伝えられています。
周の衰えを見て国を去ろうとした際、関所を守る尹喜いんきに請われて五千余語の書を書き残し、そのまま姿を消したという伝説も記されています。
もっとも『史記』自体が、老莱子ろうらいしや太史儋たいしたんという別人物を老子と同一視する説も併記しており、老子が実在した一人の人物だったかどうかは、現在も定説がありません。
後世、荘子がその思想を受け継ぎ発展させたとされ、二人はまとめて「老荘」と並び称されます。

老子の肖像(歴代聖賢半身像、国立故宮博物院蔵)
「歴代聖賢半身像 冊 老子」。
國立故宮博物院,臺北,CC BY 4.0 @ www.npm.gov.tw
実際の姿を伝えるものではなく、後世の想像による伝統的な肖像画。

『道徳経』とも呼ばれる書物の構成

『老子』は別名『道徳経』とも呼ばれ、上篇(道経)37章・下篇(徳経)44章、合計81章・約5000字からなる書物です。
「道の道とすべきは常の道に非ず(道可道、非常道)」で始まる上篇に対し、下篇は「上徳は徳とせず、是を以て徳有り(上徳不徳、是以有徳)」で始まります。
函谷関で尹喜いんきに書を授けたとする伝説がある一方、現代の文献学では、老子個人が一度に書き上げたのではなく、戦国時代中期以降に複数の手を経て編まれた言葉の集成とみる見方も有力で、単独の著者・成立年代を特定することは難しいとされています。
1993年に出土した郭店かくてん楚簡には、現行本より短い戦国中期の古い姿が残されており、1973年出土の馬王堆まおうたい漢墓帛書とあわせて、テキストの成立過程を知る手がかりとなっています。
現在広く読まれている通行本の基礎となったのは、三国時代・魏の王弼おうひつによる注釈本です。
思想の中心は、宇宙の根本原理である「道」と、それに従い作為を捨てる「無為自然」にあり、儒家が説く仁義や礼を人為的なものとして退けました。

『老子』に由来する故事成語10語

『老子』の一節が、そのまま日本語の言い回しになった言葉を集めました。

「大」なるものをめぐる逆説3語

  • 大器晩成(たいきばんせい):
    大人物は、才能を発揮して大成するまでに時間がかかるということ。
    第四十一章の「大器晩成」(本当に大きな器は、完成するのが遅い)という一節から。
  • 大巧は拙なるが若し(たいこうはせつなるがごとし):
    本当に巧みな技術は、かえって下手なもののように見えるということ。
    第四十五章の「大巧若拙」(本当に巧みな者は、下手なように見える)という一節から。
  • 大道廃れて仁義あり(だいどうすたれてじんぎあり):
    本来の自然な道が失われたときに、はじめて仁義という人為の道徳が説かれるようになるということ。
    第十八章の「大道廃れて、仁義有り」という一節から。

足ることを知る1語

  • 足るを知る(たるをしる):
    身の程をわきまえ、今あるものに満足すること。
    第三十三章の「知足者富」(足るを知る者は富む)という一節から。

天の道理と家族の道徳3語

  • 天網恢恢疎にして漏らさず(てんもうかいかいそにしてもらさず):
    天が張る網は目が粗いようでいて、悪事を働いた者を決して見逃さないということ。
    第七十三章の「天網恢恢、疎にして失わず」という一節から。
  • 六親不和(りくしんふわ):
    父子・兄弟・夫婦など、近親者の間に不和が生じること。
    第十八章の「六親不和、孝慈あり」(六親不和にして、孝慈あり)という一節から。家族が円満なときには、あえて「孝行」「慈愛」という言葉を持ち出す必要すらない、という老子らしい逆説を示す。
  • 怨みに報ゆるに徳を以てす(うらみにむくゆるにとくをもってす):
    ひどい仕打ちを受けても仕返しをせず、恵みをもって相手に応じること。
    第六十三章の「大小多少、怨みに報ゆるに徳を以てす」という一節から。

世との関わり方3語

  • 上善は水の如し(じょうぜんはみずのごとし):
    最上の善とは、水のように万物に恵みを与えながらも、他人と争わず低い場所に身を置くことだということ。
    第八章の「上善は水の若し。水は善く万物を利して争わず、衆人の悪む所に処る」という一節から。
  • 和光同塵(わこうどうじん):
    自分の才知をひけらかさず、俗世間に交わって目立たないようにすること。
    第四章・第五十六章にある「和其光、同其塵」(その光を和らげ、その塵に同じくす)という一節から。
  • 千里の道も一歩から(せんりのみちもいっぽから):
    どんな大きな物事も、身近な小さな行いの積み重ねから始まるということ。
    第六十四章の「千里之行、始於足下」(千里の道のりも、足元の一歩から始まる)という一節から。
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『老子』に語源の一部がある言葉

次の言葉は、『老子』の一節がそのまま言葉になったものではなく、同書にある思想や一節が背景の一つとして伝わっているものです。

  • 安居楽業(あんきょらくぎょう):
    自分の住まいに満足し、仕事を楽しんで暮らすこと。
    出典は『漢書』貨殖伝の「各其の居に安んじて其の業を楽しむ」。『老子』第八十章にも、理想の小国を描いた「其の居に安んじ、其の俗を楽しむ」という似た句がある。
  • 柔よく剛を制す(じゅうよくごうをせいす):
    柔軟なものが、かえって硬く強いものに勝つこと。
    主な出典は兵法書『三略』の「柔能く剛を制し、弱能く強を制す」。『老子』第七十八章にも「弱の強に勝ち、柔の剛に勝つ」とある。
  • 無為自然(むいしぜん):
    ことさらな作為を捨て、あるがままの自然に従って生きること。
    「無為」は第三章に、「自然」は第二十五章の「人は地に法り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る」に見える言葉で、老子の思想の中心を示す語として後世組み合わされた。
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