意味
悪事がすぐに露見しないことへの説明であると同時に、いずれ必ず報いを受けるという警告でもあります。
不正を働く側をいさめる場面でも、罰を待つ側が心を落ち着ける場面でも使われます。
- 天網(てんもう):天が張りめぐらせた網。
- 恢恢(かいかい):広く大きいさま。
- 疎(そ):網の目があらいこと。
語源・由来
「天網恢恢疎にして漏らさず」は、中国の古典『老子』の七十三章に出てくる一節から生まれました。
原文は「天網恢恢、疏(そ)にして失わず」で、天の網は広く目があらいけれども取りこぼすことはない、という意味です。
老子はこの章で、天のはたらきは争わずして勝ち、招かずして自ずから訪れると説きました。
人が急いで裁かなくとも、道理のほうが遅れずに追いついてくるという考え方です。
日本では室町時代の『論語抄』にすでに引かれており、古くから知られていたことがうかがえます。
使い方・例文
「天網恢恢疎にして漏らさず」は、隠していた不正が時を経て明らかになった場面で使われます。
- 十年前の脱税が発覚した。天網恢恢疎にして漏らさずだ。
- 逃げ切れると思うな。天網恢恢疎にして漏らさずと言うぞ。
- 焦らず待とう。天網恢恢疎にして漏らさず、いつか必ず裁かれる。
小説での使用例
『狐』(永井荷風)
屋敷に住みついた狐を仕留める場面で、こらしめの言葉として口にされます。
「坊っちゃんこの通りです。天網恢々疎にして漏らさず」と差し付ける狐を見ると
読み方と表記の注意点
「疎」を「粗」と書く誤り
網の目があらいという意味から「粗」と書きたくなりますが、正しくは「疎」です。
もとの『老子』では「疏」の字が使われており、いずれも間隔があいているという意味を持ちます。
前半だけで使う形
前半を切り出した「天網恢恢」だけでも四字熟語として通じます。
その場合も、悪事は見逃されないという後半の含みをそのまま引き継ぎます。
類義語・関連語
「天網恢恢疎にして漏らさず」と同じく、悪い行いには必ず報いが返ることを表す言葉には以下のようなものがあります。
- 因果応報(いんがおうほう):
過去の行いに応じた結果が、後になって必ず返ってくるという考え方。 - 自業自得(じごうじとく):
自分の行いの報いを、自分自身が引き受けること。 - 悪事千里を走る(あくじせんりをはしる):
悪い評判は隠しきれず、遠くまで一気に広まるという戒め。
「天網恢恢疎にして漏らさず」と「因果応報」の違い
どちらも行いに応じた結果が返ることを表しますが、報いをもたらす主体が違います。
「天網恢恢疎にして漏らさず」は天が悪人を捕らえる構図で、「因果応報」は良い行いにも同じ理屈があてはまります。
| 語句 | 報いをもたらすもの | 対象となる行い |
|---|---|---|
| 天網恢恢疎にして漏らさず (てんもうかいかいそにしてもらさず) | 天 | 悪事のみ |
| 因果応報 (いんがおうほう) | 行いそのもの | 善悪の両方 |
英語表現
Justice has long arms
正義の手は遠くまで届くという、逃げ切れないことを示す言い回し。
He fled abroad, but justice has long arms.
(彼は国外へ逃げましたが、天網恢恢疎にして漏らさずです。)
what goes around comes around
自分の行いはめぐって自分に返るという、日常会話で広く使われる表現。
Don’t worry about him. What goes around comes around.
(彼のことは気にしなくていい。天網恢恢疎にして漏らさずだ。)
「網」で天を語った理由
『老子』が天のはたらきを表すのに選んだのは、狩りや漁で使う網でした。
網は、獲物を一匹ずつ追いかけるのではなく、広げて待つだけで結果が集まってくる道具です。
老子は同じ章で、天の道は争わずして勝ち、呼ばなくても自ずから来るものだと述べています。
力ずくで捕らえる刀や矢ではなく、置いておくだけで機能する網が選ばれたのは、この考え方と重なります。












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