『礼記』は、『論語』『孟子』などと同じ儒教の経典でありながら、特定の思想家の言葉ではなく、礼儀作法や社会制度に関する数々の文章を集めた書物です。
喜怒哀楽、付和雷同、姑息といった言葉の多くが、この書物にたどり着きます。
まず『礼記』という書物の姿をたどり、そのうえで書物の記述から生まれた言葉14語と、語源の一部にある言葉2語をまとめました。
『礼記』とはどんな書物か
前漢の戴聖が編んだ「小戴礼記」
『礼記』は、『論語』『孟子』のように一人の思想家の言葉を記した書物ではなく、儒教における礼儀作法・社会制度・儀礼の意味などを説いた、さまざまな文章を集めた書物です。
前漢の戴聖が、それ以前から伝わっていた文章群から46篇を選んでまとめ、後漢の馬融が3篇を追加して、現在の全49篇の形になったとされています。
戴聖の伯父にあたる戴徳も別に85篇からなる『大戴礼記』を編んでおり、区別のため戴聖の版は「小戴礼記」とも呼ばれます。
現在に伝わっているのは、この戴聖の小戴礼記のほうです。
五経の一つ、そして「大学」「中庸」の親元
『礼記』は、『周礼』『儀礼』とあわせて「三礼」と呼ばれる礼に関する経典の一つであり、儒教の基本経典「五経」(易経・書経・詩経・礼記・春秋)の一角も占めています。
興味深いことに、のちに朱子学で『論語』『孟子』と並ぶ「四書」の一つに数えられる『大学』と『中庸』は、もともとこの『礼記』の中の一篇にすぎませんでした。
南宋の朱熹(朱子)が、この二篇を独立させて『論語』『孟子』と並ぶ経典に格上げしたことで、『礼記』の一部が後世、別の古典として独り立ちすることになったのです。
『礼記』に由来する故事成語14語
『礼記』に記された一節が、そのまま日本語の言い回しになったものを集めました。
感情と人柄をめぐる3語
- 喜怒哀楽(きどあいらく):
喜び・怒り・哀しみ・楽しみという、人間のさまざまな感情のこと。
感情が表に出ていない静かな状態を「中」、表に出て調和している状態を「和」と説いた「中庸」篇から。この篇は孔子の孫・子思の作と伝えられ、のちに独立した経典『中庸』となった。 - 温柔敦厚(おんじゅうとんこう):
穏やかで誠実な人柄のこと。
『詩経』の教えに親しむ人は温柔敦厚になる、という孔子の言葉を伝える「経解」篇から。遠回しな言い回しで諭す詩の性質が、人柄にも表れるとされた。 - 直情径行(ちょくじょうけいこう):
感情のままに、まっすぐ行動すること。
葬礼の所作をめぐる問答で、「直情にして径行する者は、戎狄の道なり」(感情のままに行うのは、礼を持たない者のやり方だ)と評した「檀弓下」篇の一節から。もとは否定的な意味だった。
言葉と行いの一致をめぐる2語
- 付和雷同(ふわらいどう):
自分の考えを持たず、むやみに他人の意見に同調すること。
「毋剿説、毋雷同」(人の説を奪い取ってはならず、雷が鳴れば万物が響くようにむやみに同調してはならない)という「曲礼上」篇の戒めから。 - 有口無行(ゆうこうむこう):
口先だけで、行いが伴わないこと。
「言葉があって行いがない(有言無行)ことを、君子は恥とする」という記述から。言葉と行動を一致させることを徳の基本とする教えに由来する。
自らを律する知恵3語
- 玉磨かざれば光なし(たまみがかざればひかりなし):
優れた素質があっても、努力しなければ立派にはなれないということ。
「玉不琢、不成器。人不学、不知道」(玉も磨かなければ器物にはなれず、人も学ばなければ道を知ることはできない)という一節から。 - 姑息(こそく):
目先の安らぎを優先して、一時しのぎをすること。
死の間際、身分にそぐわない敷物の交換を命じた曾子が、周囲に「もう安らかに(姑息に)していてください」と引き止められても、「立派な人間は一時しのぎの安息を求めない」と諭したという逸話から。 - 一張一弛(いっちょういっし):
時には厳しく、時には緩めるという、ほどよい加減で物事に当たること。
「張ったままで緩めないのは文王・武王でもできないことであり、緩めたままで張らないのも文王・武王がしないことだ」という「雑記下」篇の一節から。弓の弦にたとえて、政治のあり方を説いた。
秩序と規範をめぐる3語
- 入るを量りて出ずるを制す(いるをはかりていずるをせいす):
収入を見積もったうえで、支出の枠を決めること。
国家の財政運営について説いた「王制」篇の教えから。もとは個人の家計ではなく、国政の健全財政の考え方だった。 - 夷蛮戎狄(いばんじゅうてき):
周辺の異民族を指す言葉。
東方を「夷」、南方を「蛮」、西方を「戎」、北方を「狄」と、方角ごとに異なる風俗を書き分けた「王制」篇の記述から。中華を中心に置く「華夷思想」の背景になった。 - 男女七歳にして席を同じゅうせず(だんじょしちさいにしてせきをおなじゅうせず):
男女は幼いうちから、区別して育てるべきだという教え。
「七年、男女、席を同じゅうせず、食を共にせず」という「内則」篇の一節から。7歳ごろを善悪の分別が付き始める節目とみなす考え方が背景にある。
自然の異変と深い因縁3語
- 疾風迅雷(しっぷうじんらい):
激しい風と雷、転じて非常に速く激しい勢いのこと。
「激しい風や雷が起こった際には、天の意志を畏れ、必ず居住まいを正して態度を改めるべきだ」という君子の心得を説いた一節から。もとは自然現象への宗教的な畏怖を表す言葉だった。 - 草木萌動(そうもくほうどう):
春の暖かさに誘われて、草木が芽吹くこと。
季節ごとの自然界の変化を記した「月令」篇にある表現から。中国の暦の区分「七十二候」の一つとして、日本の暦にも取り入れられている。 - 不倶戴天(ふぐたいてん):
同じ世に生きてはいられないほど、深く恨みを抱く相手のこと。
「父の仇とは、共に天を戴かず」(自分の父を殺した相手とは、同じ空の下で一緒に生きてはならない)という一節から。
『礼記』に語源の一部がある言葉
次の言葉は、『礼記』の一節がそのまま言葉になったものではなく、同書にある表現が語の半分の由来になっているものです。
- 論功行賞(ろんこうこうしょう):
功績の程度を論じたうえで、それにふさわしい賞を与えること。
「論功」は『史記』蕭相国世家に、「行賞」は『礼記』の「月令」篇に、それぞれ別に由来する語の組み合わせ。 - 因循姑息(いんじゅんこそく):
古いやり方に固執して、一時しのぎで済ませること。
「因循」は『漢書』などに古いしきたりを引き継ぐ様子として登場し、「姑息」は『礼記』の「小人の人を愛するや姑息をもってす」(立派ではない人物は、相手にその場しのぎの安らぎしか与えない)という一節に由来する、二つの語の組み合わせ。

https://kotowaza-dic.com/a/81785























コメント