礼記とは?儒教の礼を記した経典から生まれた故事成語13語

石積みの背景に「礼記の故事成語」の文字と特集の印 特集
スポンサーリンク

『礼記』は、『論語』『孟子』などと同じ儒教の経典でありながら、特定の思想家の言葉ではなく、礼儀作法や社会制度に関する数々の文章を集めた書物です。
姑息、不倶戴天、温柔敦厚といった言葉は、この書物の一節から生まれました。
まず『礼記』という書物の姿をたどり、そのうえで書物の記述から生まれた言葉や同じ字句が見える言葉13語と、語源の一部がこの書物にある言葉2語をまとめました。

『礼記』とはどんな書物か

前漢の戴聖が編んだ「小戴礼記」

『礼記』は、『論語』『孟子』のように一人の思想家の言葉を記した書物ではなく、儒教における礼儀作法・社会制度・儀礼の意味などを説いた、さまざまな文章を集めた書物です。
戦国時代から秦・漢にかけての礼に関する諸説を、前漢の戴聖たいせいが49篇にまとめたものとされています。
同じ一族の戴徳たいとくも別に85篇からなる『大戴礼記だたいらいき』を編んでおり、区別のため戴聖の版は「小戴礼記しょうたいらいき」とも呼ばれます。
五経の一つとして『礼記』と呼ばれるのは、この小戴礼記のほうで、『大戴礼記』は85篇のうち39篇が伝わっています。

五経の一つ、そして「大学」「中庸」の親元

『礼記』は、『周礼しゅらい』『儀礼ぎらい』とあわせて「三礼」と呼ばれる礼に関する経典の一つであり、儒教の基本経典「五経」(易経・書経・詩経・礼記・春秋)の一角も占めています。
のちに『論語』『孟子』と並ぶ「四書」の一つに数えられる『大学だいがく』と『中庸ちゅうよう』は、もともとこの『礼記』の中の一篇でした。
南宋の朱熹(朱子)がこの二篇を独立させて四書に加えたことで、『礼記』の一部が別の古典として読まれるようになりました。

『礼記』に由来する故事成語13語

『礼記』の一節から生まれた言葉や、同じ字句・同じ趣旨の文が『礼記』に見える言葉を集めました。

感情と人柄をめぐる4語

  • 喜怒哀楽(きどあいらく):
    喜び・怒り・哀しみ・楽しみという、人間のさまざまな感情のこと。
    「喜怒哀楽の未だ発せざる、之を中と謂い、発して皆節に中る、之を和と謂う」(感情が表に出ていない状態を「中」、表に出てどれも節度にかなう状態を「和」という)と説く「中庸」篇に見える語。
    この篇は孔子の孫・子思ししの作と伝えられ、のちに独立した経典『中庸』となった。
  • 温柔敦厚(おんじゅうとんこう):
    穏やかで誠実な人柄のこと。
    『詩経』の教えに親しむ人は温柔敦厚になる、という孔子の言葉を伝える「経解」篇から。
    遠回しな言い回しで諭す詩の性質が、人柄にも表れるとされた。
  • 直情径行(ちょくじょうけいこう):
    感情のままに、まっすぐ行動すること。
    葬礼の所作をめぐる問答で、「直情にして径行する者は、戎狄の道なり」(感情のままに行うのは、礼を持たない者のやり方だ)と評した「檀弓下」篇の一節から。
    もとは否定的な意味だった。
  • 一唱三嘆(いっしょうさんたん):
    すぐれた詩文を一度読んで、何度も感嘆すること。
    宗廟の祭りの音楽について、「壱唱して三嘆し、遺音有る者なり」(一人が歌い出すと三人が声を合わせるだけの素朴な曲だが、余韻が残る)と述べた「楽記」篇の一節から。
    もとは、一人が歌うと三人がこれに和して歌うことをいった。

自らを律する知恵3語

  • 玉磨かざれば光なし(たまみがかざればひかりなし):
    優れた素質があっても、努力しなければ立派にはなれないということ。
    「学記」篇の「玉琢みがかざれば器を成さず。人学ばざれば道を知らず」(玉も磨かなければ器にはならず、人も学ばなければ道を知ることはできない)という一節を、日本でわかりやすく言い換えた形。
    寺子屋の教科書『実語教じつごきょう』を通して広く知られた。
  • 姑息(こそく):
    目先の安らぎを優先して、一時しのぎをすること。
    「檀弓上」篇の逸話から。
    死の床にあった曾子そうしが、身分に合わない大夫用の敷物を替えるよう命じたとき、子の曾元そうげんが「朝まで待ってから替えましょう」と止めたのに対し、「君子の人を愛するや徳を以てし、細人の人を愛するや姑息を以てす」(立派な人物は徳によって人を愛し、つまらない人物はその場の安楽を与えることで人を愛する)と答えた。
  • 一張一弛(いっちょういっし):
    時には厳しく、時には緩めるという、ほどよい加減で物事に当たること。
    「張ったままで緩めないのは文王・武王でもできないことであり、緩めたままで張らないのも文王・武王がしないことだ」という「雑記下」篇の一節から。
    弓の弦にたとえて、政治のあり方を説いた。

秩序と規範をめぐる3語

  • 入るを量りて出ずるを制す(いるをはかりていずるをせいす):
    収入を見積もったうえで、支出の枠を決めること。
    国家の財政運営について説いた「王制」篇の教えから。
    もとは個人の家計ではなく、国政の健全財政の考え方だった。
  • 夷蛮戎狄(いばんじゅうてき):
    昔の中国で、周辺の異民族をまとめて呼んだ言葉。
    東方を「夷」、南方を「蛮」、西方を「戎」、北方を「狄」と、方角ごとに異なる風俗を書き分けた「王制」篇の記述から。
    自分たちを文化の中心に置き、周りの民族を礼を知らない劣った者として見下した呼び名で、今日では差別的な語として扱われる。
    今の民族や国の人に向けて使えば、相手を未開の者と呼ぶことになり、侮辱になる。
  • 男女七歳にして席を同じゅうせず(だんじょななさいにしてせきをおなじゅうせず):
    男女は幼いうちから、区別して育てるべきだという教え。
    「七年、男女席を同じゅうせず、食を共にせず」(七歳になったら、男女を同じ敷物に座らせず、食事も一緒にさせない)という「内則」篇の一節から。

自然の異変と深い因縁3語

  • 疾風迅雷(しっぷうじんらい):
    激しい風と雷、転じて非常に速く激しい勢いのこと。
    「若し疾風迅雷甚雨有れば、則ち必ず変ず。夜と雖いえども必ず興おき、衣服冠して坐す」(激しい風や雷、大雨があれば、必ず居住まいを改め、夜中でも起きて衣服と冠を整えて座る)という「玉藻」篇の君子の心得から。
  • 草木萌動(そうもくほうどう):
    春の暖かさに誘われて、草木が芽吹くこと。
    季節ごとの自然界の変化を記した「月令」篇にある表現から。
    中国の暦の区分「七十二候」の一つとして、日本の暦にも取り入れられている。
  • 不倶戴天(ふぐたいてん):
    同じ世に生きてはいられないほど、深く恨みを抱く相手のこと。
    「父の仇とは、共に天を戴かず」(自分の父を殺した相手とは、同じ空の下で一緒に生きてはならない)という一節から。
スポンサーリンク

『礼記』に語源の一部がある言葉

次の言葉は、『礼記』の一節がそのまま言葉になったものではなく、同書にある表現が語の半分の由来になっているものです。

  • 付和雷同(ふわらいどう):
    自分の考えを持たず、むやみに他人の意見に同調すること。
    「付和」と「雷同」を合わせた語。
    「雷同」は、「剿説そうせつすること毋なかれ、雷同すること毋かれ」(人の説を自分の説のように取り込んではならず、雷が鳴ると万物が応じて響くように、むやみに人に同調してはならない)という「曲礼上」篇の戒めに見える。
  • 因循姑息(いんじゅんこそく):
    古いやり方に固執して、一時しのぎで済ませること。
    「姑息」は、「檀弓上」篇の「細人の人を愛するや姑息を以てす」(つまらない人物は、その場しのぎの安らぎを与えることで人を愛する)という一節に見える語。
    明治の文明開化のころの流行語でもあった。
スポンサーリンク

コメント