漢書とは?前漢一代を記した歴史書から生まれた故事成語17語

石積みの背景に「漢書の故事成語」の文字と特集の印 特集
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『漢書』は、『史記』に続く中国の正史でありながら、一つの王朝だけを扱う「断代史」という新しい形式を切り開いた歴史書です。
百聞は一見に如かず、朝令暮改、間一髪といった言葉の多くが、この書物にたどり着きます。
まず『漢書』という書物の姿をたどり、そのうえで書物の記述から生まれた言葉17語と、語源の一部にある言葉7語をまとめました。

『漢書』とはどんな書物か

班固という人物、父子二代・兄妹二代の仕事

班固はんこ(32年―92年)は、後漢の歴史家です。
前漢の歴史をまとめる仕事は、もともと父・班彪はんぴょうが始めたもので、班固はその遺志を継いで20年以上をかけて執筆を続けました。
89年には、将軍竇憲とうけんの匈奴遠征に幕僚として従軍し、勝利を記念する石碑の文章を書くほど信頼されていましたが、92年に竇憲が失脚して自害に追い込まれると、班固もこれに連座して投獄され、獄中で亡くなりました。
未完成のまま残された部分は、妹の班昭はんしょうが引き継いで完成させています。中国の歴史書で、女性がこれほど重要な役割を果たした例は珍しいものです。

「断代史」という新しい形式、全100篇

司馬遷の『史記』が、伝説の時代から前漢までを通して描く「通史」だったのに対し、『漢書』は前漢一代(高祖から王莽の新まで)だけを扱う「断代史だんだいし」という新しい形式を打ち立てました。
この形式は、以後の中国の正史すべてが踏襲する型となりました。
構成は「紀」12篇・「表」8篇・「志」10篇・「列伝」70篇の全100篇で、『史記』と同じ紀伝体を採用しつつ、より整った体裁に磨き上げられています。

『漢書』に由来する故事成語17語

『漢書』に記された上奏文や逸話が、そのまま日本語の言い回しになったものを集めました。

枚乗の諫言から生まれた3語

  • 涓滴岩を穿つ(けんてきいわをうがつ):
    わずかな力でも、根気よく続ければ大きな成果を生むということ。
    呉王への謀反を諫めた文人・枚乗の「泰山の霤(あまだれ)石を穿つ」という一節から。もとは小さな問題を放置する危険を戒める言葉だった。
  • 点滴穿石(てんてきせんせき):
    わずかな努力でも、根気よく続ければ大きな成果を生むということ。
    前項と同じ枚乗の一節「泰山之霤穿石」に由来する、別の言い方。
  • 間一髪(かんいっぱつ):
    髪の毛一本ほどのわずかな差で、危機一髪の状態にあること。
    同じく枚乗が呉王を諫めた文章にある「其の出づるや、間髪を容れず」(引っぱられた糸が切れる瞬間は、髪の毛一本を入れる隙間もない)という一節から。

賈誼の教訓2語

  • 前車の覆るは後車の戒め(ぜんしゃのくつがえるはこうしゃのいましめ):
    先人の失敗を、自分の教訓にすべきだということ。
    政治家・賈誼が文帝への上奏で、暴政で滅んだ秦を「前の車」にたとえ、漢はその轍を踏むべきではないと説いた「賈誼伝」の一節から。
  • 前車の轍を踏む(ぜんしゃのてつをふむ):
    先人と同じ失敗を、繰り返してしまうこと。
    前項と同じ賈誼の「前車覆るは後車の戒めなり」という一節から生まれた、別の言い方。

忠義を貫いた人々2語

  • 人生朝露の如し(じんせいちょうろのごとし):
    人の一生は、朝露のようにはかなく短いということ。
    匈奴に捕らえられた蘇武に、先に投降した旧友・李陵が「人生は朝露のようにはかない、なぜそこまで節義を守るのか」と説得を試みたという「蘇武伝」の一節から。
  • 百聞は一見に如かず(ひゃくぶんはいっけんにしかず):
    人から百回聞くより、自分の目で一度見るほうが確かだということ。
    異民族「羌」の反乱鎮圧を命じられた老将軍・趙充国が、宣帝に「百聞は一見に如かず、まず現地を見てから献策します」と答えた「趙充国伝」の一節から。

政治と人物評をめぐる4語

  • 朝令暮改(ちょうれいぼかい):
    命令や方針が、絶えず変わって定まらないこと。
    重臣・晁錯が「朝に出した命令を夕方には変えてしまう」と文帝に農民の苦境を訴えた上奏文から。
  • 勇猛果敢(ゆうもうかかん):
    勇ましく、思い切って物事に立ち向かうこと。
    丞相・翟方進が政敵の残酷な政治手法を「勇猛果敢にして疑いを持たず」と批判した「翟方進伝」の一節から。もとは非難の言葉だった。
  • 人面獣心(じんめんじゅうしん):
    顔つきは人間でも、心は獣のように残忍であること。
    班固が北方の異民族「匈奴」を「顔つきこそ人間だが、その本性は野獣と同じ」と評した「匈奴伝」の記述から。
  • 実事求是(じつじきゅうぜ):
    事実に基づいて、物事の真実を追求すること。
    学問を好んだ河間献王・劉徳の姿勢を「実に事きて是を求む」と評した「河間献王伝」の一節から。

堅牢さと自在さのたとえ2語

  • 金城湯池(きんじょうとうち):
    非常に堅固で、攻め落とすことのできない備えのこと。
    秦末の遊説家・蒯通が、都市の守りを「金属の城と熱湯の堀(金城湯池)」にたとえた故事から。
  • 天馬行空(てんばこうくう):
    物事にとらわれない、自由奔放な発想や才能のこと。
    武帝が西域から手に入れた駿馬を「天馬」と名付けたという記録から。のちに天馬が空を駆けるようだと、優れた詩文の才能を称える言葉に転じた。

世の移ろいと戒め4語

  • 水清ければ魚棲まず(みずきよければうおすまず):
    あまりに清廉すぎたり、他人の欠点を厳しく調べすぎたりすると、かえって人が寄りつかなくなるということ。
    「水至って清ければ則ち魚無く、人至って察なれば則ち徒無し」という「東方朔伝」の一節から。
  • 門前雀羅を張る(もんぜんじゃくらをはる):
    訪れる人がなく、すっかりさびれてしまうこと。
    役人の翟公が、地位にあった時は門前が賑わったが、失脚すると門前に雀を捕る網を張れるほど閑散としたという故事から。『史記』にも同じ記述がある。
  • 苟且(こうしょ):
    深く考えず、その場しのぎで済ませること。
    「苟且の意有る莫し」という「王嘉伝」の一節に見える言葉から。
  • 酒は百薬の長(さけはひゃくやくのちょう):
    酒は、適量であればどんな薬にもまさる効能があるということ。
    新の皇帝・王莽が、酒や塩を国の専売制にする際に掲げた「食貨志」のキャッチコピーから。民衆の実感からではなく、税収確保のための政策的な言葉として生まれた。

『漢書』に語源の一部がある言葉

次の言葉は、『漢書』の一節がそのまま言葉になったものではなく、同書にある表現や逸話が語の半分の由来になっているものです。

  • 老謀遠略(ろうぼうえんりゃく):
    豊富な経験に基づく、深謀遠慮の策略。
    老将軍・趙充国が長期的な屯田策を上奏した「漢書」の逸話が背景にあるが、「老謀」という語自体は『国語』晋語に見えるもの。
  • 無為徒食(むいとしょく):
    何もせず、ただ食べて暮らすこと。
    働かず食事だけを摂る者を指す「徒食」という語が、賈誼伝など『漢書』に見られる。「無為」は老荘思想に由来する別の語。
  • 因循姑息(いんじゅんこそく):
    古いやり方に固執して、一時しのぎで済ませること。
    古いしきたりを引き継ぐ様子を指す「因循」が『漢書』などに見られる。「姑息」は『礼記』に由来する別の語。
  • 安居楽業(あんきょらくぎょう):
    自分の住まいに満足し、仕事を楽しんで暮らすこと。
    「その居に安んじ、その俗を楽しむ」という理想的な治世の姿は、『老子』のほか『漢書』貨殖伝にも見られる。
  • 猪突猛進(ちょとつもうしん):
    周囲を顧みず、勢いよく突き進むこと。
    「猪突」は『漢書』食貨志に見える「豬突豨勇」という軍隊の名に由来し、「猛進」は仏典『無量寿経』に由来する別の語。
  • 金城鉄壁(きんじょうてっぺき):
    非常に堅固で、つけ入る隙のないこと。
    「金城」は『漢書』にある「金城湯池」に由来し、「鉄壁」を組み合わせて強調した言葉。
  • 誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう):
    根拠のない悪口や噂で、他人を深く傷つけること。
    「中傷」は『漢書』などに見られる語で、相手の弱点を狙い撃ちにして傷つけることを表す。「誹謗」は伝説の帝王・堯の逸話に由来する別の語。

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