漢書とは?前漢一代を記した歴史書から生まれた故事成語20語

石積みの背景に「漢書の故事成語」の文字と特集の印 特集
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『漢書』は、『史記』に続く中国の正史でありながら、一つの王朝だけを扱う「断代史だんだいし」という新しい形式を切り開いた歴史書です。
百聞は一見に如かず、朝令暮改、間一髪といった言葉の多くが、この書物にたどり着きます。
まず『漢書』という書物の姿をたどり、そのうえで書物の記述から生まれた言葉20語と、語源の一部にある言葉6語をまとめました。

『漢書』とはどんな書物か

班固という人物、父子二代・兄妹二代の仕事

班固はんこ(32年―92年)は、後漢の歴史家です。
前漢の歴史をまとめる仕事は、もともと父・班彪はんぴょうが始めたもので、班固はんこはその遺志を継いで20年以上をかけて執筆を続けました。
89年には、将軍竇憲とうけんの匈奴遠征に幕僚として従軍し、勝利を記念する石碑の文章を書くほど信頼されていましたが、92年に竇憲とうけんが失脚して自害に追い込まれると、班固はんこもこれに連座して投獄され、獄中で亡くなりました。
未完成のまま残された部分は、妹の班昭はんしょうが引き継いで完成させています。
中国の歴史書で、女性がこれほど重要な役割を果たした例は珍しいものです。

「断代史」という新しい形式、全100篇

司馬遷の『史記』が、伝説の時代から前漢までを通して描く「通史」だったのに対し、『漢書』は前漢一代(高祖から王莽の新まで)だけを扱う「断代史だんだいし」という新しい形式を打ち立てました。
この形式は、以後の中国の正史すべてが踏襲する型となりました。
構成は「紀」12篇・「表」8篇・「志」10篇・「列伝」70篇の全100篇で、『史記』と同じ紀伝体を採用しつつ、より整った体裁に磨き上げられています。

『漢書』に由来する故事成語20語

『漢書』に記された上奏文や逸話が、そのまま日本語の言い回しになったものを集めました。

枚乗の諫言から生まれた3語

  • 涓滴岩を穿つ(けんてきいわをうがつ):
    わずかな力でも、根気よく続ければ大きな成果を生むということ。
    呉王への謀反を諫めた文人・枚乗ばいじょうの文章に、「泰山の霤あまだれ石を穿つ」と同じたとえが見える。
    もとは、災いは兆しの小さいうちに断つべきだと説く文脈で使われた。
  • 点滴穿石(てんてきせんせき):
    わずかな努力でも、根気よく続ければ大きな成果を生むということ。
    枚乗が呉王を諫めた文章の「泰山の霤あまだれ石を穿つ」と同じたとえ。
  • 間一髪(かんいっぱつ):
    髪の毛一本ほどのわずかな差で、危機一髪の状態にあること。
    同じく枚乗が呉王を諫めた文章にある「其出不出、間不容髪」(危険から抜け出せるか抜け出せないかの差は、髪の毛一本入る余地もないほどわずかだ)という一節から。

賈誼の教訓2語

  • 前車の覆るは後車の戒め(ぜんしゃのくつがえるはこうしゃのいましめ):
    先人の失敗を、自分の教訓にすべきだということ。
    政治家・賈誼が文帝への上奏で、暴政で滅んだ秦を「前の車」にたとえ、漢はその轍を踏むべきではないと説いた「賈誼伝」の一節から。
  • 前車の轍を踏む(ぜんしゃのてつをふむ):
    先人と同じ失敗を、繰り返してしまうこと。
    賈誼が文帝に奉った上奏に、秦が速やかに滅んだわだちの跡ははっきり見えているのに、それを避けなければ後の車もまた覆る、という一節がある。

忠義を貫いた人々3語

  • 九牛の一毛(きゅうぎゅうのいちもう):
    多くの中のごくわずかな一部で、物の数にも入らないこと。
    匈奴に降った将軍・李陵を弁護して宮刑に処された司馬遷が、「仮に自分が刑死しても、九頭の牛から一本の毛が無くなる程度のことだ」と嘆いた「司馬遷伝」所収「報任少卿書」の一節から。
  • 人生朝露の如し(じんせいちょうろのごとし):
    人の一生は、朝露のようにはかなく短いということ。
    匈奴に捕らえられた蘇武に、先に投降した旧友・李陵が「人生は朝露のようにはかない、なぜそこまで節義を守るのか」と説得を試みたという「蘇武伝」の一節から。
  • 百聞は一見に如かず(ひゃくぶんはいっけんにしかず):
    人から百回聞くより、自分の目で一度見るほうが確かだということ。
    異民族「羌」の反乱鎮圧を命じられた老将軍・趙充国が、宣帝に「百聞は一見に如かず、まず現地を見てから献策します」と答えた「趙充国伝」の一節から。

政治と人物評をめぐる5語

  • 朝令暮改(ちょうれいぼかい):
    命令や方針が、絶えず変わって定まらないこと。
    重臣・晁錯が「朝に出した命令を夕方には変えてしまう」と文帝に農民の苦境を訴えた上奏文から。
  • 勇猛果敢(ゆうもうかかん):
    勇ましく、思い切って物事に立ち向かうこと。
    丞相・翟方進てきほうしんが朱博らを弾劾した上奏で、彼らを「勇猛果敢、事を処して疑わず」と評したうえで、その政治の残酷さを責めた「翟方進伝」の一節に見える。
  • 人面獣心(じんめんじゅうしん):
    顔つきは人間でも、心は獣のように残忍であること。
    班固はんこが北方の異民族「匈奴」を「顔つきこそ人間だが、その本性は野獣と同じ」と評した「匈奴伝」の記述から。
  • 実事求是(じつじきゅうぜ):
    事実に基づいて、物事の真実を追求すること。
    学問を好んだ河間献王・劉徳を「実事に是を求めた」と評した「河間献王伝」の一節から。
  • 不撓不屈(ふとうふくつ):
    心がくじけず、どんな困難にも屈しないこと。
    前漢の丞相・王商(楽昌侯)を「樂昌篤實、不橈不詘(楽昌侯は誠実で、たわまず屈しない)」と評した「叙伝下」の一節に見える。

堅牢さのたとえ1語

  • 金城湯池(きんじょうとうち):
    非常に堅固で、攻め落とすことのできない備えのこと。
    秦末の遊説家・蒯通かいとうが、都市の守りを「金属の城と熱湯の堀(金城湯池)」にたとえた故事から。

世の移ろいと戒め5語

  • 水清ければ魚棲まず(みずきよければうおすまず):
    あまりに清廉すぎたり、他人の欠点を厳しく調べすぎたりすると、かえって人が寄りつかなくなるということ。
    「水至って清ければ則ち魚無く、人至って察なれば則ち徒無し」という「東方朔伝」の一節から。
  • 門前雀羅を張る(もんぜんじゃくらをはる):
    訪れる人がなく、すっかりさびれてしまうこと。
    役人の翟公が、地位にあった時は門前が賑わったが、失脚すると門前に雀を捕る網を張れるほど閑散としたという故事から。
    『史記』にも同じ記述がある。
  • 苟且(こうしょ):
    深く考えず、その場しのぎで済ませること。
    「苟且の意有る莫し」という「王嘉伝」の一節に見える言葉から。
  • 酒は百薬の長(さけはひゃくやくのちょう):
    酒は、適量であればどんな薬にもまさる効能があるということ。
    新の皇帝・王莽が、塩・酒・鉄などを国の専売とする命令の中で「夫れ塩は食肴の将、酒は百薬の長」と述べた「食貨志」の一節から。
  • 曲突徙薪(きょくとつししん):
    煙突を曲げ、薪をわきへ移して火事を防ぐことから、災いを未然に防ぐことのたとえ。
    かまどの煙突を曲げて薪を遠ざけるよう忠告した客が誰にも顧みられず、のちに火事が起きると、消火に当たった者だけが賓客としてもてなされたという「霍光金日磾伝」の故事から。

美女をたたえた言葉

  • 傾国傾城(けいこくけいせい):
    国や城を傾け滅ぼしてしまうほどの、絶世の美女のたとえ。
    武帝に仕えた音楽家・李延年が「一顧すれば人の城を傾け、再顧すれば人の国を傾く」と歌い、これをきっかけに妹(のちの李夫人)が武帝に見いだされた「外戚伝」の一節から。
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『漢書』に語源の一部がある言葉

次の言葉は、『漢書』の一節がそのまま言葉になったものではなく、同書にある表現や逸話が語の半分の由来になっているものです。

  • 因循姑息(いんじゅんこそく):
    古いやり方に固執して、一時しのぎで済ませること。
    「因循」の語は、『漢書』食貨志などに見える。
  • 安居楽業(あんきょらくぎょう):
    自分の住まいに満足し、仕事を楽しんで暮らすこと。
    『漢書』貨殖伝に「各々其の居に安んじて其の業を楽しむ」と見える。
  • 猪突猛進(ちょとつもうしん):
    周囲を顧みず、勢いよく突き進むこと。
    「猪突」は、王莽が囚人や奴隷を集めて作った軍の名「豬突豨勇」として『漢書』食貨志に見える。
  • 金城鉄壁(きんじょうてっぺき):
    非常に堅固で、つけ入る隙のないこと。
    「金城」は金で造った城の意で、『漢書』では「金城湯池」の形で堅固な守りのたとえに使われている。
  • 誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう):
    根拠のない悪口や噂で、他人を深く傷つけること。
    「中傷」の語は、『漢書』翟方進伝などに見える。
  • 天馬行空(てんばこうくう):
    物事にとらわれない、自由奔放な発想や才能のこと。
    「天馬」は、武帝が西域から手に入れた駿馬に付けた呼び名。
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