『荘子』は、『論語』『孟子』と並ぶ諸子百家の書物でありながら、寓話やたとえ話の面白さで異彩を放つ一冊です。
胡蝶の夢、明鏡止水、大同小異といった言葉の多くが、この書物にたどり着きます。
まず『荘子』という書物の姿をたどり、そのうえで書物の記述から生まれた言葉22語を、テーマごとにまとめました。
『荘子』とはどんな書物か
荘子という人物
荘子(荘周とも、紀元前370年ごろ―前300年ごろ)は、宋の蒙(現在の河南省)に生まれた戦国時代の思想家です。
老子の思想を受け継ぎ発展させた人物とされ、二人はまとめて「老荘」と並び称されます。
荘子はあらゆる価値判断や善悪・美醜の区別は人の立場によって変わる相対的なものにすぎないとする「万物斉同」を説き、作為を捨てて自然のままにあることを尊ぶ「無為自然」を理想としました。
こうした立場から、儒家の説く仁義や礼を人為的なものとして批判し、政治への出仕を勧められても断り続けたと伝えられています。

実際の姿を伝えるものではなく、後世の想像による伝統的な肖像画。
内篇・外篇・雑篇、全33篇の構成
『荘子』は、内篇7・外篇15・雑篇11の合計33篇からなります。
晋の郭象が、当時伝わっていたさらに多くの篇から荘周本人の思想と異なるものを削り、現在の33篇に整理したとされています。
このうち、荘子自身の手によるとほぼ認められているのは内篇のみで、外篇・雑篇は弟子や後学の手が加わったものと考えられています。
二百を超える寓話・たとえ話を通じて思想を語る文体が特徴で、『論語』『孟子』のような対話や問答とは対照的です。
『荘子』に由来する故事成語22語
『荘子』に記された寓話や一節が、そのまま日本語の言い回しになったものを集めました。
視野・価値の相対性をめぐる8語
- 井の中の蛙大海を知らず(いのなかのかわずたいかいをしらず):
狭い世界に閉じこもり、外の広い世界を知らないこと。
「秋水篇」で、古井戸のカエルが東海から来た亀に自分の住処を自慢し、海の広大さを知って言葉を失った寓話から。 - 夏虫疑氷(かちゅうぎひょう):
見聞の狭い者は、自分の経験の外にあることを信じられないというたとえ。
「秋水篇」で、海の神が「井蛙は以て海を語るべからず」に続けて説いた言葉から。 - 夏の虫氷を笑う(なつのむしこおりをわらう):
見識の狭い者が、自分の理解を超えるものをかえって疑い笑うことのたとえ。
「秋水篇」の「夏虫は以て氷を語るべからずとは、時に篤ければなり」から。 - 管を以て天を窺う(くだをもっててんをうかがう):
狭い見識で広大な物事を理解しようとする愚かさのたとえ。
「秋水篇」で、公孫竜が荘子の説に困惑し、細い管越しに天を覗くようなものだと魏の公子に評された場面から。 - 管見(かんけん):
狭い見識。
また、自分の見解や意見をへりくだって言う語。
「秋水篇」の「管を以て天を窺う」と同じ、細い管から空を覗く比喩から。 - 蝸牛角上の争い(かぎゅうかくじょうのあらそい):
広い視野で見れば、取るに足らないつまらない争いのたとえ。
賢者の戴晋人が、隣国と争う魏の王に語った、カタツムリの左右の角にある国同士の争いの寓話から。 - 沈魚落雁(ちんぎょらくがん):
魚や雁も恥じらって姿を隠すほどの美人の形容。
「斉物論篇」で、評判の美女毛嬙と麗姫を見ても、魚や鳥はかえって驚いて逃げてしまうと説かれた一節を、後世に転用した語。
もとは、人が美しいと思うものも魚や鳥には恐ろしいものに見える、という美の基準の相対性を説くたとえだった。 - 大同小異(だいどうしょうい):
細部に違いはあっても、全体としてはほぼ同じであること。
「天下篇」で、思想家恵施が物事の同一性と差異について語った「大同にして小同と異なる、これを小同異という」から。
荘子の思想と物語をめぐる9語
- 無用の用(むようのよう):
一見役に立たないと思われるものが、実は大切な役割を果たしていること。
「人間世篇」の、木材に向かない木ほど伐られずに天寿を全うするという寓話などから説かれた思想。 - 胡蝶の夢(こちょうのゆめ):
夢と現実の区別がつかないことのたとえ。
また、自分と物との区別のない物我一体の境地。
「斉物論篇」で、荘子が夢の中で胡蝶になりきり、目覚めてから自分が胡蝶になった夢を見たのか、胡蝶が自分になった夢を見ているのか分からなくなったという寓話から。 - 鵬程万里(ほうていばんり):
目的地や前途が果てしなく遠いこと、また将来性が非常に大きいことのたとえ。
「逍遥遊篇」の冒頭で、北の海の巨大な魚「鯤」が化けた「鵬」という鳥が、三千里の水面を蹴って九万里の上空へ舞い上がり、南の果ての海を目指して飛び立つ寓話から。 - 魚を得て筌を忘る(うおをえてうえをわする):
目的を達成すると、そのための手段や道具の恩を忘れてしまうことのたとえ。
「外物篇」の、魚を捕るための竹製のカゴ「筌」は魚を得たら忘れられてしまうという一節から。 - 明鏡止水(めいきょうしすい):
邪念がなく、澄み切って落ち着いた心境のこと。
「徳充符篇」の、流れる水には自分の姿を映せないが、静止した水(止水)には映せるという一節から。 - 至れり尽くせり(いたれりつくせり):
これ以上ないほど、行き届いていること。
「斉物論篇」の、昔の人の知恵の到達点を語った「至れり、尽くせり、以て加うべからず」から。 - 卵を見て時夜を求む(たまごをみてじやをもとむ):
物事の順序を無視して、気の早い期待をかけることのたとえ。
「斉物論篇」の「卵を見て時夜(夜明けを告げる鶏)を求め、弾(はじき弓)を見て鴞の炙り焼きを求む」という一節から。 - 庖丁解牛(ほうていかいぎゅう):
長年の修練によって、技術が神業の域に達していることのたとえ。
「養生主篇」で、料理人の庖丁が刀一本で牛を見事に解体し、その技は単なる技術を超えたものだと語った話から。
刃物の「包丁」の語源ともされる。 - 木鶏(もっけい):
どんな挑発にも動じない、木彫りの鶏のように落ち着き払った境地のたとえ。
「達生篇」で、闘鶏を育てる者が、他の鶏の声や姿にまったく動じなくなった鶏を見て「木鶏に似たり」と評した話から。
人生訓・処世をめぐる5語
- 命長ければ恥多し(いのちながければはじおおし):
長生きをすればするほど、恥をかく機会も増えるということ。
「天地篇」で、聖王堯が長寿・富・多子の祝いを断り、長生きすれば恥も多くなると答えた場面から。 - 労多くして功少なし(ろうおおくしてこうすくなし):
苦労ばかりが多く、それに見合った成果が得られないこと。
似た言い方の「労して功なし」が、「天運篇」に見える。 - 支離滅裂(しりめつれつ):
物事にまとまりがなく、筋が通っていないこと。
「支離」は離ればなれになること、「滅裂」は破れ裂けて形を失うこと。
荘子には、「人間世篇」の人物「支離疏」の名に「支離」が、「則陽篇」に田の草取りを雑に済ませる意の「滅裂」が見える。 - 荒唐無稽(こうとうむけい):
言うことに根拠がなく、でたらめであること。
「荒唐」の語は、「天下篇」が荘子の語り口を「謬悠の説、荒唐の言」と述べたくだりに見える。 - 朝三暮四(ちょうさんぼし):
目先の違いにとらわれ、結果が同じであることに気づかないこと。
宋の狙公が、餌のトチの実を「朝三つ、夕方四つ」から「朝四つ、夕方三つ」に変えただけで猿たちが喜んだという寓話から。
『列子』にも同じ話が伝わる。
『荘子』に語源の一部がある言葉
次の言葉は、『荘子』の一節がそのまま言葉になったものではなく、同書にある思想や逸話が背景の一つとして伝わっているものです。
- 櫛風沐雨(しっぷうもくう):
風雨にさらされながらも、苦労を厭わず奔走すること。
風で髪をすき、雨で体を洗う意で、『晋書』文帝紀に見える語。
「天下篇」にも、墨子が治水に奔走した禹をたたえて「甚雨に沐し、疾風に櫛る」と語った言葉が見える。










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