大きな目標を立てたものの、どこから手をつけていいか分からず立ち止まってしまう。
あるいは、周囲に改善を求めながらも、自分自身は何も動けていないことに気づく。
そんな、最初の一歩を踏み出すときの心理や、物事の順序を言い表した言葉が、
「先ず隗より始めよ」(まずかいよりはじめよ)です。
遠い理想を追い求める前に、まずは自分の足元を見つめ直す。
そんな古くからの知恵を、現代の生活に引き寄せて読み解いていきましょう。
意味・教訓
「先ず隗より始めよ」とは、遠大な計画を成し遂げるには、まずは手近なところから着手すべきだという意味の言葉です。
また、そこから転じて、「物事を言い出した本人が、まずは自分から実行すべきだ」という教訓としても使われます。
単に「早く始めよう」と促すだけでなく、物事には順序があること、そして説得力を持つためには自らが範を示すべきであることを教えてくれる言葉です。
語源・由来
「先ず隗より始めよ」の由来は、中国の戦国時代にまとめられた歴史書『戦国策(せんごくさく)』にある、燕(えん)の国のエピソードに基づいています。
燕の昭王(しょうおう)が「国を再興するために優秀な人材を招きたい」と賢者の郭隗(かくかい)に相談した際、郭隗は「まずは私(隗)のような凡人を厚遇することから始めてください」と答えました。
「私のような者でも大切にされると知れば、優れた賢者たちは『自分ならもっと高く評価されるはずだ』と考え、自然と集まってくるでしょう」と説いたのです。
昭王がその進言に従って郭隗のために立派な屋敷を建てたところ、評判を聞きつけた本物の賢者たちが次々と燕に集まり、国は強大になったと伝えられています。
使い方・例文
「先ず隗より始めよ」は、リーダーシップが求められる場面から、日常のささいな習慣改善まで、幅広く使われます。
「隗より始めよ」と短縮して使われることも多い言葉です。
例文
- 「部屋を片付けなさい」と言う前に、親である私が掃除を始めるのは「先ず隗より始めよ」の実践だ。
- 地域の美化運動を成功させるため、言い出しっぺの会長自ら清掃に励む姿は、まさに先ず隗より始めよと言える。
- クラスの遅刻を減らしたいなら、級長である自分が誰よりも早く登校するという「先ず隗より始めよ」の精神が必要だ。
- 新しいルールを定着させるため、上司が真っ先にそれを守ってみせるのは、「先ず隗より始めよ」という言葉通りだ。
文学作品・メディアでの使用例
この言葉は、日常的なやり取りの中でリズムを整えたり、自発的に役目を引き受けたりするシーンで登場します。
『百鬼園随筆』(内田百閒)
宴会の席で、出し物をどうするか話し合っている最中に、言い出しっぺが自ら進み出る場面で使われています。
そこで私が、「それでは、まず隗より始めよと云う事で、私が一番先に、下手なものを御覧に入れましょう」と云って起ち上がった。
類義語・関連語
「先ず隗より始めよ」と似た意味を持つ言葉には、物事の順序や自発的な行動の大切さを説くものが多く存在します。
- 千里の道も一歩から(せんりのみちもいっぽから):
どんなに大きな事業も、まずは足元の第一歩から始まるということ。 - 遠きに行くには必ず邇きよりす(とおきにゆくにはかならずちかきよりす):
遠くへ行くには、まずは近いところから歩き出さなければならないという教訓。 - 死馬の骨を買う(しばのほねをかう):
郭隗が昭王に語った例え話に由来。
無駄だと思われることでも、それを大切に扱うことで本当に価値のあるものが集まってくるというたとえ。
対義語
「先ず隗より始めよ」と正反対の意味を持つ定型的なことわざは存在しませんが、対照的な概念を示す言葉には以下のようなものがあります。
- 一足飛び(いっそくとび):
順序を追わず、一気に目標に到達しようとすること。 - 高望み(たかのぞみ):
自分の実力や現状を無視して、過分な望みを抱くこと。
英語表現
「先ず隗より始めよ」を英語で表現する場合、文脈に応じていくつかの言い方があります。
Practice what you preach.
- 意味:「自分が説くことを、自分でも実行せよ」
- 解説:日本語の「言い出した者から始めよ」という教訓的なニュアンスに最も近い表現です。
- 例文:
If you want us to be on time, you should practice what you preach.
(私たちに時間を守ってほしいなら、まずはあなた自身が手本を見せるべきだ。)
Start small.
- 意味:「小さく始める」
- 解説:郭隗が説いた「まずは身近な所から」という戦略的な側面を強調する場合、現代のビジネスシーンなどで非常によく使われる表現です。
- 例文:
You don’t need a perfect plan. Just start small.
(完璧な計画は必要ない。まずは手近なところから始めよう。)
知っておきたい豆知識:高度なセルフプロデュース
この言葉の「隗」とは、人の名前です。
紀元前4世紀ごろ、中国の「燕」という国にいた郭隗(かくかい)という家臣のことを指します。
実は当時の燕は、隣国の斉(せい)に攻め込まれてボロボロの状態でした。
新しく王になった昭王は、復讐のために「どうしてもすごい天才軍師が欲しい!」と焦っていたのです。
そこで郭隗は、あえて「まずは私の給料を上げて、贅沢をさせてください」と提案しました。
これは私利私欲ではなく、「凡人の郭隗であれだけ貰えるなら、俺が行ったらもっとすごいことになるぞ」と、世界中の天才たちに思わせるための高度な戦略でした。
この「客寄せ」の役割を自ら買って出た作戦は見事に成功し、後に名将・楽毅(がっき)などの英雄が集まることになったのです。
まとめ
「先ず隗より始めよ」という言葉は、私たちに二つの大切なことを教えてくれます。
一つは、高い目標を掲げたときこそ、焦らずに手近な小さなことから着手すること。
そしてもう一つは、誰かに動いてほしいと願うときこそ、まずは自分自身が最初の一歩を踏み出してみせることです。
遠い未来や周囲の反応ばかりを気にするのではなく、今、自分の目の前にある「最初の一歩」を大切にする。
その積み重ねが、やがて千里の道を歩む力になることでしょう。








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