意味
「沐猴にして冠す(もっこうにしてかんす)」とは、猿が冠をかぶって着飾っても本性は変わらないように、外見だけを立派に整えても中身が伴わず、思慮の浅い人物をあざけるという意味です。
身なりや地位にふさわしい品格・知性が伴っていない人物への辛辣な嘲りを込めて使われ、「見た目の立派さと中身の乏しさのギャップ」を鋭く突く点が特徴です。
- 沐猴(もっこう):猿のこと。
- 冠す(かんす):冠をかぶること。
語源・由来
この言葉は、中国の歴史書『史記』の「項羽本紀」に記された故事に由来します。
秦の都・咸陽を制圧した項羽は、富貴になって故郷に帰らないのは刺繍の衣を着て夜道を歩くようなもので誰にも知られない、と言って故郷の楚へ帰る道を選びました。
日本で「錦を衣て夜行くが如し」として知られる言葉は、このときの項羽の言葉がもとになっています。
関中の要害を都にするよう進言していたある人物は、項羽の決定に落胆し、陰でこう漏らしたと伝えられています。
「人言う、楚人は沐猴にして冠するのみと。果たして然り」
(人はよく『楚の人間は、冠をかぶった猿のようなものだ』と言うが、まさにその通りだ)
見た目は立派な地位を得ても、大局を見る知恵に欠けるという痛烈な皮肉です。
この言葉は間もなく項羽本人の耳に入り、激怒した項羽は、発言した人物を釜茹での刑に処したと伝えられています。
使い方・例文
「沐猴にして冠す」は、地位や外見にふさわしい中身が伴わない人物を批判する場面で使われます。
- 肩書きばかり立派で実力の伴わない彼は、まさに沐猴にして冠すだ。
- 高価なスーツをまとっても言動が伴わなければ、沐猴にして冠すと笑われるだけだ。
- 成金趣味を並べるだけの経営者は、陰で沐猴にして冠すとささやかれていた。
類義語・関連語
「沐猴にして冠す」と同様に、見た目と中身の釣り合わない様子を表す言葉には、以下のようなものがあります。
英語表現
all hat and no cattle
「見かけばかりで実質が伴わない」という意味の表現で、カウボーイハットは立派だが、肝心の牛(財力や実力の象徴)を持たない人をからかう、アメリカ発祥の表現。
He talks big, but he’s all hat and no cattle.
(口だけは立派だが、彼はまさに沐猴にして冠すだ。)
後漢の歴史書では、進言した男の名は韓生、刑は斬首
同じ場面は、後漢の班固がまとめた歴史書『漢書』にも書かれています。
『史記』が名を記さず「説く者」とだけ書いた人物を、『漢書』は韓生と呼び、項羽の言葉も「繡」(= 刺繍の衣)ではなく「錦」の字で書いています。
日本で知られる「錦を衣て夜行くが如し」の「錦」は、こちらと同じ字です。
結末も違い、『史記』では釜茹でだった刑が、『漢書』では斬首になっています。
どちらの書でも、項羽を冠をかぶった猿にたとえた一言が、話した者の命取りになりました。













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