意味
「多々益々弁ず(たたますますべんず)」とは、仕事や役目は、量が増えれば増えるほどかえって手際よくさばけるものだという意味です。
単に量が多いことを喜ぶのではなく、有能な人物ほど仕事が増えるほど力を発揮するという、自信や貫禄を伴う場面で使われます。
- 多々(たた):非常に多いこと。
- 益々(ますます):いっそう、なおさら。
- 弁ず(べんず):てきぱきと処理すること。
語源・由来
「多々益々弁ず」は、中国の歴史書『史記』の「淮陰侯列伝(わいいんこうれつでん)」に記された、前漢の高祖・劉邦と、名将・韓信(かんしん)のやり取りに由来する言葉です。
天下統一後、劉邦は韓信に「自分はどれほどの兵を率いることができるか」と尋ねました。
韓信が「陛下はせいぜい十万程度でしょう」と答えたので、では韓信自身はどうかと問い返すと、こう言い放ったと伝えられます。
「臣は多々益々弁ずるのみ」
(私は、兵が多ければ多いほど、うまく統率できるだけのことです)
この韓信自身の返答が、そのまま「多々益々弁ず」ということわざの由来になっています。
使い方・例文
「多々益々弁ず」は、仕事や役割が増えるほど力を発揮する人物を評する場面で使われます。
- 多々益々弁ずという言葉通り、彼は仕事が増えるほど生き生きと働く。
- 部下が倍に増えても、あの部長なら多々益々弁ずでこなすはずだ。
- 案件を積み増されても、多々益々弁ずるとばかりに笑って引き受けた。
類義語・関連語
「多々益々弁ず」と同じく、量の多さをむしろ歓迎する言葉や、力量の高さを表す言葉には、次のようなものがあります。
- 多々益善(たたえきぜん):
多ければ多いほど、それだけ都合がよいこと。 - 八面六臂(はちめんろっぴ):
一人で何人分もの働きをすること。
「多々益々弁ず」と「多々益善」の違い
同じ韓信の逸話に由来し意味も重なりますが、力点に違いがあります。
「多々益々弁ず」は本人の対応力の高さに焦点があるのに対し、「多々益善」は量そのものが多いことを単純に歓迎する、より一般的な表現です。
| 語句 | 力点 | 使われる場面 |
|---|---|---|
| 多々益々弁ず (たたますますべんず) | 対応する人物の力量 | 有能さを誇る場面 |
| 多々益善 (たたえきぜん) | 量そのものの多さ | 資金・人材など全般 |
英語表現
the more, the merrier
人数や物事が増えるほど都合がよいという意味の定番表現で、多々益々弁ずが持つ「量を歓迎する」側面に近い表現。
We need more volunteers — the more, the merrier!
(ボランティアはもっと必要だ。多々益々弁ずというやつだね。)
rise to the occasion
求められる仕事や責任が増えるほど持てる力を発揮するという意味の表現で、多々益々弁ずが表す「有能さ」の側面に近い表現。
As the workload grew, she simply rose to the occasion.
(仕事量が増えるほど、彼女はまさに多々益々弁ずといった働きを見せた。)
史記ではなく漢書に残る一文字
韓信が劉邦との問答で自分の指揮能力を語った場面は、「史記」の淮陰侯列伝と「漢書」の韓信伝の両方に記録されていますが、文字づかいが異なっています。
「史記」淮陰侯列伝では「臣多多而益善耳(私は多ければ多いほど善い)」となっており、ここから「多々益善」という四字熟語が生まれました。
一方「漢書」韓信伝では同じ場面が「臣多多益辦耳」と記され、「辦」の字が日本語では「弁」とも書かれて「多々益々弁ず」という言い方のもとになっています。
つまり「多々益々弁ず」と「多々益善」は、同じ韓信の逸話を題材にしながらも、由来をたどると「史記」と「漢書」という別々の史書に行き着きます。










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