壁にできたひび割れをポスターで隠したり、宿題を忘れた理由をその場しのぎの嘘で誤魔化したりする。
このように、根本的な解決を避けて表面だけを整えることを、
「弥縫策」(びほうさく)と言います。
意味・教訓
「弥縫策」とは、失敗や欠点、あるいは物事の不備などを、その場しのぎで取り繕うための一時的な方策のことです。
- 弥(び):つくろう、ひさしい、ひろく行き渡る。
- 縫(ほう):ぬう、つなぎ合わせる。
本来は「破れ目を縫い合わせる」という修復の動作を指しますが、現代では「本質的な改善をせず、とりあえず体裁だけを繕う」という、やや批判的・否定的なニュアンスを含んで使われます。
語源・由来
「弥縫策」の語源は、中国の古い歴史書である『春秋左氏伝』の「桓公五年」に記された故事にあります。
紀元前707年、周の桓王が鄭(てい)という国を攻めた際、自軍の陣形に生じた隙間を埋めるために「弥縫(びほう)」という戦術を用いました。
これは不足している兵力を補い、敵に弱点を見せないように表面を取り繕うことを指していました。
この「隙間を縫い合わせる」という表現が転じて、現代のように「不完全な部分を一時的に補って隠す策」という意味で定着しました。
「江戸いろはかるた」に収録されているわけではありませんが、明治時代以降、政治や社会の不備を指摘する言葉として知識人の間で広く使われるようになりました。
使い方・例文
「弥縫策」は、問題の根源を放置したまま、目先のトラブルだけを回避しようとする不誠実な対応や、効果の薄い対策を指して使われます。
例文
- 破れた障子を裏から紙で留めただけでは、単なる弥縫策にすぎない。
- 提出期限に間に合わせるために出まかせの数字を並べるような弥縫策は、後で必ず露見する。
- システムの不具合に暫定的な処置を施したが、それは弥縫策であり、抜本的な修正が不可欠だ。
- 叱られるのを恐れてその場限りの言い訳を重ねるのは、子供じみた弥縫策と言える。
文学作品・メディアでの使用例
『虞美人草』(夏目漱石)
見栄や世間体を維持するために、登場人物がその場しのぎの嘘や言い訳に追われる心理を鋭く描写しています。
世の中の義務を弥縫策で切り抜けて、その弥縫策の結果として、向うから押し寄せて来る義務を、また弥縫策で切り抜けて行く。
誤用・注意点
「弥縫策」は、単なる「応急処置」とは文脈が異なります。
怪我をした際に応急処置をすることは適切で必要な行為ですが、これを「弥縫策」とは呼びません。
「本来なら根本から直すべきなのに、面倒がって表面だけ隠した」という、不誠実さや怠慢が含まれる場面で使うのが適切です。
また、目上の人が行った対策に対してこの言葉を使うと「その場しのぎで不十分だ」と批判することになるため、使用には注意が必要です。
類義語・関連語
「弥縫策」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 姑息(こそく):
一時しのぎの間に合わせのこと。「姑息」は卑怯という意味ではなく、本来は「一時的」という意味。 - 一時しのぎ:
その場だけを何とか取り繕って、後先を考えないこと。 - 付け焼き刃(つけやきば):
その場をしのぐために、にわか仕込みで覚えた知識や技術。 - 糊塗(こと):
塗りつぶして誤魔化すこと。欠点を表面だけ取り繕うこと。
対義語
「弥縫策」とは対照的な意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 抜本的対策(ばっぽんてきたいさく):
物事の根本(原因)にさかのぼって、徹底的に改めること。 - 根治(こんじ):
病気や問題の根源を完全に取り除いて治すこと。 - 恒久対策(こうきゅうたいさく):
一時的ではなく、将来にわたって長く効果が続くような対策。
英語表現
「弥縫策」を英語で表現する場合、以下の定型表現が使われます。
stopgap measure
「一時的な隙間を埋めるための手段」という意味で、日本語の「弥縫策」に最も近い表現です。
- 例文:
The new policy is only a stopgap measure to deal with the crisis.
(新しい政策は、危機に対処するための単なる弥縫策にすぎない。)
makeshift
「間に合わせの」「場当たりの」という意味を持つ表現です。
- 例文:
They implemented a makeshift solution to the problem.
(彼らはその問題に対して弥縫策を講じた。)
漢字の成り立ちと本来の意味
「弥縫策」の「弥」という漢字には、「つくろう(補う)」という意味のほかに、「ひろく行き渡る」や「久しい」といった意味があります。
一方で「縫」は、布と布を針と糸で繋ぎ合わせる動作を指します。
この二つの漢字が組み合わさることで、もともとは「広い範囲にわたって、破れ目を縫い合わせてつなぐ」という修復の様子を表していました。
現代の私たちは時間に追われ、つい表面的な「弥縫策」に頼りたくなりますが、その場限りの繕いは、薄い布をギリギリで繋ぎ止めているような危うい状態であることを、文字そのものが示唆しています。
まとめ
失敗や不備を隠そうとして講じる「弥縫策」は、一瞬の安心をもたらしてくれますが、根本的な解決には至りません。
むしろ、後からより大きなほころびとなって現れることも多いものです。
言葉の本来の意味を知ることで、目先の取り繕いではなく、しっかりとした土台を作る大切さに気づくことができるでしょう。
「弥縫策」を必要としない、誠実な積み重ねを心がけたいものですね。





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